大分県の国東(くにさき)市にある城川という集落に二基の庚申塔がまつられていました。どちらも青面金剛像を主尊とする凝ったつくりの庚申塔です。
城川集落の入口部を撮った写真です。写真左側には田深川が流れています。田深川沿いの道路にひろくなっている場所があったため、ここに車を停めさせていただき、集落内には徒歩でいきました。
下の写真、左奥に赤茶色の家がみえます。この家の前に数基の石塔とともに、庚申塔がまつられていました。
赤茶色の家の前に、土が露出した三角形の土地があり、ここに石塔群がまつられています。
場所:大分県国東市国東町川原
座標値:33.5663414,131.6947327
二基の庚申塔にむかって右側の庚申塔から詳しくみていきます。下の写真は、ややコントラストを強くした写真です。凹凸(おうとつ)を強調しています。
風化により、かなり像容がみえにくくなっています。おそらく、一つの顔に、四つの腕をもっている青面金剛像が主尊で、光背をせおっています。足元には二匹の猿が横向で刻まれているのは確認できます。猿のさらに下側に、おそらく鶏らしき像がなんとなく見えます。
庚申塔にむかって右側面に「寛保元年」、左側面に「九月吉日」と刻まれています。寛保元年は1741年です。
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二基の庚申塔にむかって左側の庚申塔を詳しくみていきます。
こちらの庚申塔には、一つの顔に六本の腕をもつ青面金剛が主尊として刻まれています。同様に光背をせおっています。さらに、青面金剛の足元には、これはもうほとんど像容が判別できないものが数基刻まれています。
別の角度から像を確認してみます。
これでもはっきりとはわかりません。二匹の猿が青面金剛の足元で向かい合わせになっているのは、なんとなくわかります。しかし、それ以外の像は、何が刻まれているのか、わかりません。
小林幸弘氏のホームページでは、三猿一鶏一童子と紹介されています参照。
庚申塔にむかって右側面には「寛保元年」、左側面には「八月二十八日」と刻まれているようです。一基目の庚申塔と同様、寛保元年(1741年)に建立されたことがわかります。
最後に、別アングルで、庚申塔と石塔群を写します。周囲には雑草などは生えておらず、綺麗に整備されています。現在も大切に祀られていることがわかります。