参照:『思考の整理学』外山滋比古著,ちくま文庫
たくさんあふれる情報のなかにいても、単に知識や情報を蓄積するだけでは、独自の新しいアイデアは生まれない。ほんとうに大事なことは、単なる思いつきや断片的な情報を、時間をかけて「発酵」させ、高度な思考へと昇華させることである。
まずは「メモ帳」から
独自の思考を生み出すための第一歩は、日常のふとした瞬間に浮かんだアイデアやひらめきを逃さず捕まえること。頭に浮かんだアイデアはすぐに消え、二度と思い出せないことが多いため、最初の受け皿として「メモ帳」を常に携帯することが推奨されている。著者は、アイデアが生まれやすい場所として、中国の欧陽修の言葉を借りて「三上」——すなわち「枕上(ベッドの中)」「鞍上(電車などの移動中)」「厠上(トイレ)」を挙げている。これらの場所にすぐにメモをとれる準備をしておくことが基本となる*1。
しかし、手帖に書き留めたアイデアをすぐに使おうと焦ってはいけない。著者は「見つめるナベは煮えない」という言葉を引き合いに出し、意識的に早く形にしようとするのではなく、まずは紙の上に記録して頭から離し、しばらく放っておいて「寝かせる(小休止させる)」ことが不可欠だと説いている*2。
手帖から「ノート」への移行
手帖の中でしばらく寝かせたアイデアは、時間をおいて選別するようにする。その判断基準となるのは、論理的な分析ではなく「時間を置いて見返したときに、まだ『おもしろい』と思えるかどうか(脈があるかどうか)」という自分自身の感覚の変化である。じぶんのアイデアを書き留めた直後は、「名案だ」と気負い、興奮しているけれど、時間を置いて熱が冷めた状態で見返すと、夜の暗闇では美しく光っていたのに、明るいところで見るとただの虫に見えてしまう「朝陽を浴びたホタルの光」のように、何の変哲もないものに色あせてしまうことがある*3。
このように時間を経て輝きを失ったメモは「息絶えた」とみなし、未練を持たず「惜しげもなく捨てる」勇気が必要である。この「時の試練」に耐え、再び自分の心を動かす「脈のある」アイデアだけを厳選し、次の段階である「ノート」へと移記する*4。
「メタ・ノート」への移植
ノートに移されたアイデアも、すぐに完成品となるわけではない。さらに時間をかけて寝かせ、その中で長期間にわたって自分の重要な関心事へと育ったテーマだけを厳選し、最終的な思考の器である「メタ・ノート」へとうつしてゆく。元のノートの文脈から切り離して新しい土壌(メタ・ノート)に移してやることで、アイデアは新しい意味を帯び、再び活発に動き出す*5。
メタ・ノートの作り方には明確なルールがある。1つのテーマにつき見開き2ページを贅沢に使い、後から新しい気づきを書き足せるようにゆったりと余白をとる。ページの上部にはテーマ(題目)、通し番号、元のノートの参照番号、メタ・ノートへ移行した日付を明記し、どのくらい寝かせていたかを把握できるようにする。もし余白が足りなくなっても別のページには移らず、紙を貼り足して一箇所に情報を集約させてゆく*6。
メタ・ノートにアイデアを定着させる最大の目的は、その事柄を安心して「忘れる」ことにある。人間の頭は知識を溜め込む「倉庫」ではなく、新しいものを生み出す「知的工場」として働かせるべきである。ノートに記録して忘却することで頭のスペースを空け、思考は無意識の深層へと潜り、そこで他の知識と結びつくなど真の「発酵」が進んでいく*7。
まとめ
- ふと浮かんだアイデアは「三上(枕上・鞍上・厠上)」ですぐメモ帳に記録し、焦らずしばらく「寝かせる」。
- 時間を置いてメモを見返し、色あせたものは捨て、「脈がある(面白い)」と感じるものだけをノートに移す。
- ノートでさらに時間をかけ、重要なテーマに育ったものを「メタ・ノート」に移して新しい文脈で活発化させる。
- メタ・ノートは見開き2ページを使い、テーマや移行日を明記し、余白を広くとって一箇所に情報を集約する。
- 記録する最大の目的は安心して「忘れる」こと。頭の余白を作り、無意識の深層で独自の思考を「発酵」させる。