日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、九州北部を中心にNikon D750をメイン機として史跡を撮っています。詳しい撮影場所は各記事に座標値として載せていますので、座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで撮影場所が表示されます。参考にされてください。

貴船神社の参道脇にまつられる庚申塔 福岡県飯塚市津島

飯塚市津島の貴船神社境内に四基の庚申塔がまつられています。そのうち一基は「トリ庚申」というめずらしい庚申塔です。

 

参照:https://www.ku-hibino.com/entry/2021/10/15/184618

 

この貴船神社には、一の鳥居のわきにさらにもう一基、庚申塔がまつられています。貴船神社の境内と参道には、すべてあわせると五基の庚申塔がまつられていることになります。2021年10月15日(金)16日(土)17日(日)18日(月)の記事をご参照ください。今回で、貴船神社にかかわる庚申塔についての記事は終了です。

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一の鳥居のすぐ脇に庚申塔がまつられる

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古い注連縄がかけられている

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塔に向かって右側に建立年が刻まれる
碑面 碑面(建立年)
猿田彦大神 寛延元天 一月十日

 

建立年 干支 干支読み方
1748 戊辰 つちのえたつ

 

場所 座標値
福岡県飯塚市津島 33.6711388,130.6825409

貴船神社にまつられる庚申塔③ 福岡県飯塚市津島

2021年10月15日(土)の記事で、福岡県飯塚市津島の貴船神社にまつられる「トリ庚申」についてご紹介しました。

 

https://www.ku-hibino.com/entry/2021/10/15/184618

 

今回の記事では、同じ場所にまつられている庚申塔についてご紹介します。下写真のように四基ならんでいる庚申塔のうち、いちばん左側の庚申塔についてです。

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四基のうち一番左側の庚申塔

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建立年は確認できません

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建立月日は確認できました

 

碑面 碑面(建立年)
猿田彦大神 十一月十三日

 

場所 座標値
福岡県飯塚市津島 33.671565,130.682684

貴船神社にまつられる庚申塔② 福岡県飯塚市津島

2021年10月15日(土)の記事で、福岡県飯塚市津島の貴船神社にまつられる「トリ庚申」についてご紹介しました。

 

https://www.ku-hibino.com/entry/2021/10/15/184618

 

今回の記事では、同じ場所にまつられている庚申塔についてご紹介します。下写真のように四基ならんでいる庚申塔のうち、右から三番目の庚申塔についてです。

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四基のうち右から三番目の庚申塔

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延宝八年の銘がきざまれる

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碑面 碑面(建立年)
奉壽進南無庚申尊天 延宝八年 九月四日

 

建立年 干支 干支読み方
1680 庚申 かのえさる

 

場所 座標値
福岡県飯塚市津島 33.671567,130.682685

JR箱崎駅の南440m地点に箱崎駅跡の石碑があるのはなぜか?

JR博多駅から門司港駅方面へすすむ場合、2駅目に箱崎駅があります。この箱崎駅の南約440m地点の高架下に、下写真のような「旧箱崎駅記念碑」が設置されています。

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旧箱崎駅記念碑は箱崎駅の南440m地点にある

場所:福岡県福岡市東区箱崎1丁目

座標値:33.614008,130.425698

 

2002年(平成14年)に、この場所から、現在の箱崎駅のある場所に駅が移動しました参照

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移転した理由が、『九州の鉄道おもしろ史(弓削信夫著)』P.121-122に紹介されています。その理由は、”箱崎駅の東側、つまり筥崎宮とは反対側にも、近年、住宅が増えたため東西両側から利用できる駅にしてほしい”との要望がふえたためです。

2002年時点では、箱崎駅の東西には住宅がふえたのですが、それ以前の時代ではどのような環境だったのでしょう?

 

1926年(大正15年)の地図をみてみます。旧箱崎駅は、西に鎮座する筥崎宮(はこざきぐう)から数十mしか離れていない、いわば「筥崎宮専用駅」という感じでした。

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駅の東側には田んぼがひろがっていた

旧箱崎駅の西側には、筥崎宮をはじめ、たくさんの住宅がひしめいていることがわかります。いっぽうで、駅の東側には須恵(すえ)川がながれ、川の周辺には田園がひろがっています。

 

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話がすこし外れますが、箱崎駅の東約11㎞いった場所に「篠栗(ささぐり)」という地区があります。ここ篠栗では、すくなくとも明治時代には、篠栗炭坑や高田炭坑など数か所炭坑があり、たくさんの石炭が産出していました。

 

ほりだされた石炭を門司港までの移動効率化のためには、鉄道を利用することが必要と考えられたようです。

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篠栗⇒箱崎⇒門司港の経路で石炭をはこびたい

https://ktgis.net/kjmapw/kjmapw.html?lat=33.604076&lng=130.441446&zoom=14&dataset=fukuoka&age=0&screen=1&scr1tile=k_cj4&scr2tile=k_cj4&scr3tile=k_cj4&scr4tile=k_cj4&mapOpacity=10&overGSItile=no&altitudeOpacity=2

 

上の今昔マップをご覧いただくと、篠栗からいったん博多方面に石炭を移動させ、当時開通していた九州鉄道にのせれば、機関車で門司港へと石炭がはこべるということがわかります。

 

篠栗から最寄りの駅が「旧箱崎駅」だったので、この駅から「篠栗」まで鉄道をのばそうとかんがえました。しかし、ここで問題がおきました。旧箱崎駅は須恵川のすぐそばに建設されていました。梅雨時など大雨になったとき氾濫した須恵川の影響で汽車の運行に影響がでてくる可能性があるのです。

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旧箱崎駅は須恵川のすぐそばにあった

そこで鉄道会社は、旧箱崎駅の位置をずらして、篠栗方面への鉄道を敷こうと考えたわけです。しかし箱崎の地元民からは猛反対の声があがり駅の位置をずらすということはできませんでした。どうして反対の声があがったかというと、旧箱崎駅は筥崎宮からとても近く、「筥崎宮専用駅」という機能がうしなわれてしまうことが危惧されたからです。

 

こまった鉄道会社は、篠栗方面へのばす鉄道を、「吉塚」という新しい駅からのばすことにしました。1904年(明治37年)のことです。1926年(大正15年)の地図では、すでに吉塚駅が存在し、そこから篠栗方面へ鉄道がのびていることが確認できます。

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吉塚駅と篠栗線

この駅位置関係は2002年までつづきました。結局、旧箱崎駅はその位置では駅利用に不便だということになり、2002年(平成14年)に、約440m北側の現在の位置に移動しました。

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駅は約440m北へ移動した

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まとめとして、2021年現在の箱崎駅、博多駅、篠栗駅、そして吉塚駅の位置関係を下図にあらわしてみます。

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2021年現在の駅位置関係

旧箱崎駅の石碑にかんする歴史をしらべてみると、篠栗にもむかしは炭坑があったという新しい発見ができました。篠栗の炭坑で、現在もその痕跡がのこっていないか調べる余地がでてきました。

貴船神社にまつられる庚申塔① 福岡県飯塚市津島

2021年10月15日(土)の記事で、福岡県飯塚市津島の貴船神社にまつられる「トリ庚申」についてご紹介しました。

 

https://www.ku-hibino.com/entry/2021/10/15/184618

 

今回の記事では、同じ場所にまつられている庚申塔についてご紹介します。下写真のように四基ならんでいる庚申塔のうち、右から二番目の庚申塔についてです。前回は一番右側の庚申塔についてご紹介しました。

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四基の庚申塔にむかって右から2番目

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明和元年の銘がはっきり確認できる
碑面 碑面(建立年)
猿田彦大神 明和元甲申天

 

建立年 干支 干支読み方
1764 甲申 きのえさる

 

場所 座標値
福岡県飯塚市津島 33.671570,130.682687

 

めずらしい「トリ庚申石塔」を貴船神社へさがしにいった 福岡県飯塚市津島

遠賀川: 流域の文化誌(香月靖晴著)』P.46~P.47に掲載されている「トリ庚申石塔関係一覧表」を拝読していて、福岡県飯塚市の津島という地区に「トリ庚申」のひとつがまつられているということを知り、いってみることにしました。

 

「トリ庚申」とは、庚申塔のなかでもめずらしいもので、刻まれている文字の意味がよくわかっていない庚申塔のことです。「トリ庚申」という名前のとおり、「取理」とか「取鳥」とか「取タリ」とか「トツタリ」というふうに、庚申塔に刻まれる文字に「トリ」と読める文字がみられます。

 

なぜ「トリ」と読める文字が庚申塔にきざまれているのかは、はっきりとした理由は不明です。『遠賀川: 流域の文化誌(香月靖晴著)』P.44~45において、いくつかの説が挙げられています。

 

”利(り)を多く執(と)る”という想いから「執多利(トッタリ)」という文字が生じ、そこから「取鳥」「取里」となったという説もあります。今回、ご紹介する「トリ庚申」には”祈願成就 丑歳女”という文字がきざまれています。当時は、庚申講に入ることが許されていなかった女性の「女」という文字が確認できます。

 

当時、生きていた女性のなんらかの切実な想いが、この庚申塔から感じられるようです。

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日向国取足庚申

 

碑面 碑面(建立年)
日向国取足庚申 祈願成就 丑歳女
場所 座標値
福岡県飯塚市津島 33.671575,130.682692

 

この庚申塔があるのが貴船神社です。

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貴船神社(飯塚市津島)

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二の鳥居をくぐり左側に庚申塔が四基まつられる

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一番右側の庚申塔が「トリ庚申」

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ちいさく素朴なつくりの庚申塔

砂岩でできているようで、もう表面の文字は読めなくなってきています。かろうじて取足庚申という文字が確認できます。わたしには確認できませんでしたが、書籍を参照すると、前記のように「祈願成就 丑歳女」という文字もきざまれているようです。

この庚申塔は、おなじように並べられている庚申塔とくらべ、自然石にただ文字をきざんでいる質素なつくりをしています。

 

庚申講に参加することが難しかった女性の庚申塔であるため、秘密裡につくられたのかもしれません。

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みのがしてしまいそうなほど質素な「トリ庚申」