日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、九州北部を中心にNikon D750をメイン機として史跡を撮っています。詳しい撮影場所は各記事に座標値として載せていますので、座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで撮影場所が表示されます。参考にされてください。

子どもの健やかな成長を祈願する北村磨崖仏 大分県杵築市 鴨川

場所:大分県杵築市 鴨川

座標値:33.439509,131.604488

 

北村磨崖仏 大分県 杵築市 鴨川

庇の下に北村磨崖仏 その前に複数の地蔵菩薩像

Google mapで大分県杵築市ふきんの史跡を検索しているときに、たままた存在を知ることができた「北村磨崖仏」。杵築市の鴨川地区の溜池へいたる農道脇に祀られています。竹林内にあり案内板もないので見つけにくいです。

 

案内板がないので詳細は不明です。しかし、ネットで「杵築市 北村磨崖仏」というキーワードで検索すると検索トップに以下のような説明がなされているサイトがヒットしました。

 

やっと北村のお地蔵さま・磨崖仏を訪ねることができた。 『郷土史杵築』からわかったこと(再掲) ・明治の頃には別府、速見、国東圏内からのお参りがあった ・子供の健康安全を祈願しておしろいをお地蔵様の顔に塗り、お供えをして持ち帰り ...(参照:杵築市 北村地蔵 ( 大分県 ) - 夢の浮橋 - Yahoo!ブログ)

 

しかしYahoo!ブログはサービスを終了しており、この記事は削除され、サイトを開くことができませんでした。この情報をもとに北村磨崖仏について整理してみると以下のようになります。

 

・『郷土史 杵築』に詳細が掲載されている

・明治に多くの参拝者がおられた

・子どもの健康安全を祈願するために祀られた

・祈願のために石仏の顔におしろいを塗った

 

ここまでの情報だけがわかりました。

磨崖仏の前に祀られる、比較的大きな地蔵菩薩立像の顔が、心なしか白くなっている感じを受けます。この地蔵菩薩の顔におしろいを塗ったのではないかと考えられます。

そして、地蔵菩薩立像の前に祀られている複数の小さな地蔵菩薩のひとつを自宅へ持ち帰り、子どもが無事成長したら、またこの場所へもどし、「無事、子どもが成長しました」と、お礼のために再び参拝したのではないかと想像します。

 

Google map上の北村磨崖仏のクチコミでは以下のように紹介がされています。

 

かつては近隣の信仰を集め、11月には甘酒祭りもしていました。お地蔵様が数多く寄せ集められ、奥にはごく小さな磨崖仏が数体見られます。

 

磨崖仏の前に祀られる小さな地蔵菩薩像は、信仰者により寄進されたのでしょう。寄進されたものを、他の信者がもちかえり、願いが成就されたらまたお地蔵様をまたもどす、というサイクルがまわっていたのでしょう。もしかしたら、お地蔵様をそのまま戻すのではなくて、新たなお地蔵様を寄進したのかもしれません。

 

それを確かめるには『郷土史 杵築』を調べてみるしかありません。杵築市へ寄る機会があれば調べてみようと思います。また大分県へ行く楽しみが増えました。

北村磨崖仏への参道 大分県杵築市

北村磨崖仏へいたる参道

『チームラボ 福岡城跡 光の祭』は体験できるアートだったので子どもと楽しめた 福岡県福岡市中央区城内

場所:福岡県福岡市中央区城内

会場入口:福岡城 表御門跡(Google map

チームラボ 福岡城跡 光の祭 福岡県 福岡市 アート

舞鶴公園で、2019年11月29日(金)~2020年2月2日(日)に開催されている『チームラボ 福岡城跡 光の祭』は、見るだけでなく体験できるイベントであったために、4歳の子どもとともに楽しむことができました。

 

イベントの詳細はチームラボのホームページをご参照ください。

詳細:https://www.teamlab.art/jp/e/fukuoka-castle/

 

子どもが最もたのしんだ作品は「お絵かき黒田官兵衛」で、歴史上の人物が描かれた塗り絵に自分で色を塗ると、その人物が大きな画面でおどったり、歩いたり、話したりするというものです。自分のつくった作品がスクリーン上で動き回るのが楽しいですね。

 

子どもは塗り絵に夢中です。

塗った絵を係りのかたへ持って行き取り込んでもらいます。

少し時間がかかりますが、しばらくするとスクリーン上に自分が色をぬったキャラクターが登場してきます。

キャラクターに触ると、しゃべってくれます。小さな子どもたちは、手当たりしだいに大勢のキャラクターに触っていました。触ったキャラクターは律儀にもひとりひとりがしゃべってくれるので、会場はにぎやかの極みとなります。

自分のつくったキャラがどこにいるのか、探していると、自然と作品に見入ってしまいました。

 

 次に子どもが楽しんでいたのは「呼応する木々と自立しつつも呼応する生命」という作品です。会場に入ると、いちばんはじめに出迎えてくれる作品でもあります。ふだんの生活では見ることができない景色が広がるので、思わず「わあー」と声がでます。

地面にたっている卵型の物体はやわらかく、やさしく押すと倒れかけますが、またもとの位置にもどってきます。そのとき色が変わり、その色特有の音色が響きます。ぶよぶよとした物体の感触や、色や音の反応がおもしろくて、やっぱり子どもはこの会場にくぎづけです。

数秒ごとに会場全体の色も変わります。場内の高い位置からこの作品を眺めた景色が、このイベント会場のなかで最も美しく感じる景色。福岡市の夜景とともに作品を眺めることができました。

 そして体験型ではなく、眺めるだけの作品でも、その美しさに見入ってしまいます。周囲の照明は暗く設定されているようで、その暗さゆえに、石垣に映される作品に引き込まれてしまいます。こちらの作品は「大天守台跡の石垣に住まう花と共に生きる動物達」と題されています↓

花びらで構成された熊や象などの動物たちが大天守台跡の石垣に映しだされます。ゆっくりと石垣を移動し、ゆっくりと花びらへとかわってゆきます。優美さを感じます。

これは何の動物?カバ?いや熊じゃない?などと、はっきりと動物の形がわからないがゆえに、会話もはずみます。↓こちらは象のようですね。 

一眼レフカメラに広角レンズを装着し作品を撮らせていただきました。 全体的に広い空間を利用した作品が多かったために、結果的に広角レンズを持って行った良かったと感じました。(ねらってそうしたわけではありません)

2020年の2月2日(日)までのイベントなので、この記事投稿時点で、あと1週間ほどで終了します。開場時間は、18:00~22:00 (入場は21:30まで)。

 

私たちが会場へ行ったのは金曜日の20時30分ごろ。舞鶴公園の専用駐車場はやや空いてきているようでしたが、私たちは会場から少し離れたコインパーキングに車を停めました。

 

場所:Dパーキング 護国神社大濠公園南 入口

 

こちらの駐車場はガラガラでしたので、ストレスなく停めることができました。チームラボの会場入口である「福岡城 表御門跡(Google map)」までは歩いて7分ほどでした。

聖山のふもとにある茶屋遊女の墓地 福岡県北九州市門司区田野浦

場所:福岡県北九州市門司区田野浦
座標値:33.958280,130.992283

田野浦 茶屋 遊女 墓地 北九州市 門司区 聖山

田野浦 茶屋遊女の墓地

1872年に人身売買禁止令により営業停止となった田野浦の茶屋で働いていた遊女の墓地が現在も残っています。『北九州市史(民俗)』P544には、遊女の墓地は忌地というよりも聖地として残っている…と紹介されています。

 

この墓地が残っているのは、北九州市門司区の田野浦という集落にある聖山(ひじりやま)です。聖山は標高75mととても小さな山です。そして『北九州市史(民俗)』P544では聖山が以下のように紹介されています。

 

殊に真楽寺裏側一帯には、旧家の墓が多い。また明治五年(1872)人身売買禁止令によって営業停止になった田野浦の茶屋遊女の墓が数多くあったが、この遊女の墓は昭和五十三年(1798)ごろ同区庄司町の地蔵寺に移された。

 

これらの墓地は忌地というよりも、人々は聖地的な感覚を持っている。神の山として女性が山中に入るのを固く禁じられていた若松区小竹の白山神社の在る小嶽山の例と同じ意だろうか。

 

2020年1月時点では、この墓地がある周辺は雑草が繁茂し、山からの土砂が道を覆いはじめていました。墓地への入口は聖山の山腹にある春日神社参道の脇にあります。入口には「遊女の墓 30m登る」と書かれた小さな看板が立てられていました。

 

春日神社周辺にも家はあるものの、その多くの家が廃屋となっているようです。

北九州市 門司区 聖山 田野浦 茶屋 遊女 墓地

墓地への道 雑草と土砂に覆われはじめていました

 そして廃屋のなかには、無残にも崩れているものもありました。

茶屋遊女の墓地へ至る道の脇にも家がありました。もしかしたら、この墓地を管理していたかたが住まれていたのかもしれません(↓下の写真)。その家も現在では人は住んでいらっしゃらないようで、そのために墓地が管理されず、墓地への道も荒れてきているのかもしれません。

この家の裏すぐの場所に遊女の墓地がありました。

 

家の裏側から、墓地へ至る道をふりかえって写真をとりました(↓下の写真)。見晴らしのよい場所です。写真には写っていませんが、かなたに関門海峡を見ることができます。 

 家の裏側には墓石のひとつが保管されています。ここに墓地があるというよりも、墓石がこの場所に移動されたという感じです。墓石が聖山からの土砂により流されてしまい、倒れてしまっていたのかもしれません。

 

墓石のひとつを見てみてみます。中央に蓮の芽を持った地蔵菩薩らしき像が刻まれており、その両側に「〇〇童子 天明三 十一月廿九日」の銘が刻まれています。地蔵菩薩の頭の上には「早世」、足元には「九三佐?硯屋」の文字が確認できます。

これらの文字をざっくりと解釈すると、1783年に早くして亡くなったかたの墓石で、硯屋(すずりや)というお店で働いていた?ことが推測されます。

 

周辺を見渡してみると、目に見えただけではありますが、5基ほどの墓石が確認できました。山からの土砂により埋もれてしまったと思いますので、おそらくここには他にもたくさんの墓石が並んでいたと考えられます。

墓地へ訪れたこの日は、小雨が降る寒い日であり、また、周囲にある家屋にも人の気配がないために物寂しい印象でした。墓地は山中にあるために薄暗く、やや怖さも感じましたので足早にこの場所をあとにしました。天気の良い日に訪れたら、また違った印象を受けたかもしれません。

倉成磨崖仏 地蔵菩薩立像 大分県杵築市山香町大字倉成

場所:大分県杵築市山香町大字倉成
座標値:33.4549360,131.5192236


f:id:regenerationderhydra:20200122062019j:image

倉成磨崖仏の一部をご紹介します。右から具生(ぐしょう)神坐像、地蔵菩薩立像、童子坐像、十王坐像です。

 

案内板はあるものの磨崖仏の場所はわかりにくいです。マイナーな場所の岩壁にびっしりと刻まれる仏様がたです。

倉成磨崖仏の毘沙門天立像 大分県杵築市山香町大字倉成

場所:大分県杵築市山香町大字倉成
座標値:33.4549497,131.5192088

f:id:regenerationderhydra:20200120214850j:image

倉成磨崖仏には合計9体の仏様が刻まれています。このうちのひとつ…兜跋(とばつ)毘沙門天立像は、別の岩壁に刻まれていたのが切り出されて、この場所に移動されました。

 

薄暗闇の横から光が差し素朴な形がより浮き上がって見えます。

猪尾集落の社に祀られる庚申塔 大分県杵築市 猪尾

場所:大分県杵築市大字猪尾

座標値:33.403260,131.614051

 

大分県杵築市の猪尾と呼ばれる小さな集落があります。ここに庚申塔が数基祀られているということを知り訪ねてみることにしました。参考にした情報は、国東半島の庚申塔を長年にわたって調査しつづけている小林幸弘氏のホームページ…『国東半島の庚申塔-杵築市杵築地区の庚申塔所在地一覧』です。

国東半島の庚申塔 庚申塔 石塔 石仏 大分県杵築市 猪尾

猪尾集落の北の端にある神社があります。その神社には車を2~3台停められるスペースがありました。神社の鳥居には↓下の写真のような文字が刻まれているのですが、字体が大きく崩されていて、私には読み取ることができませんでした。

国東半島の庚申塔-杵築市杵築地区の庚申塔所在地一覧』では”天王社”と紹介されているので、神社の名前は「天王宮」と予想します。

 

天王社拝殿の右奥に回ると5基の庚申塔が祀られていました。たしかな情報をもとに、この場所へ足を運んではきているのですが、庚申塔を見つけるとやはりうれしいものです。この感覚は、宝さがしをしていて宝を見つけたときの高揚感に似ています。

 

5基の庚申塔に向かって一番左側の庚申塔が今回ご紹介する庚申塔です。 

頭側が尖った三角形型の自然石に、青面金剛像が刻まれています。青面金剛は6本の腕を挙げ、さらに身体をくねらせて、なんだか踊っているように見えます。そのように見ると、腰部分に身に着けた衣服は腰みののようにも見えてきます。一方で、青面金剛の表情は眉間にしわを寄せているようで、グッとこちらをにらんでいるようです。 

国東半島の庚申塔 庚申塔 石塔 石仏 大分県杵築市 猪尾 天王社 青面金剛像

 

小林幸弘氏が運営するホームページ『国東半島の庚申塔(パソコンでのみ表示;2020年1月19日時点)』は2020年1月5日にリニューアルされ、それぞれ個々の庚申塔の説明が紹介されるようになりました。

 

HPの各写真と解説を拝見すると、庚申塔を長年調査されている小林氏が、庚申塔のどのような特徴に着目されているのかがわかります。こうやって庚申塔の記事を書く際にとても参考になります。

轟の渕に祀られる不動明王 大分県杵築市大字溝井

場所:大分県杵築市大字溝井
座標値:33.445024,131.596798
f:id:regenerationderhydra:20200118184338j:image

轟池から流れてくる水は、この場所で小さな滝となります。

 

滝行をすることで不動明王の功徳を得ることができるという伝えからなのか、ここの滝そばにも不動明王像が祀られていました。

 

岩肌のゴツゴツ感がすごい迫力です。