日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、九州北部を中心にNikon D750をメイン機として史跡を撮っています。詳しい撮影場所は各記事に座標値として載せていますので、座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで撮影場所が表示されます。参考にされてください。

滝のそばの不動明王 福岡県宗像市多禮

場所:福岡県宗像市多禮

座標値:33.8285487,130.5209728f:id:regenerationderhydra:20190624205647j:image

宗像四国東部霊場 第48番札所には、小さなお堂と、その横に「滝ノ口川」という小川が流れています。48番札所付近では、滝ノ口川は滝となります。

 

清らかな水の流れと、樹々の深い緑のなかにぽつんと祀られる不動明王様。一度、拝観してみたかった場所です。

八十八体佛 福岡県宗像市吉留

宗像四国東部霊場の第53番札所である中ノ尾阿弥陀堂。四国八十八カ所を巡礼できないかたたちを思い、八十八体の石仏が祀られています。

 

直方宗像線とよばれる、県道29号線沿いに「中ノ尾」という西鉄のバス停があります。バス停のすぐよこから、阿弥陀堂へとつづく長い階段がのびます。この階段をのぼりつめたところで、これらの石仏群が迎えてくれます。

場所:福岡県宗像市吉留

座標値:33.802990,130.617444

 

阿弥陀堂が祀られる小山をはさんで、県道29号線の反対側には車1台がかろうじて通ることができる小道がありますが、この小道が長崎街道です。おそらく、昔は長崎街道側から、この阿弥陀堂へと続く参道が整備されていたと考えられます。

 

現在では長崎街道はあまりつかわれなくなり、一方で、県道29号線という大きな道路ができたために、県道29号線から登る参道がメインで使用されているものと考えられます。

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県道29号から階段をのぼりつめると迎えてくれる、樹々の緑と古い形式の鳥居

 

神社を守る樹 福岡県遠賀郡上別府

いつのころに建てられたのかわからない山嵜宮(やまざきぐう)。その山嵜宮の鳥居となりに巨樹が鎮座しています。地面いっぱいにはられた根っこが印象的な巨樹です。そのうねるような根っこは、まるで巨大な軟体動物を想像させます。

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場所:福岡県遠賀郡遠賀町上別府

座標値:33.834433,130.659475

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山嵜宮 本殿は杜に囲まれており、樹のない空間から光がそそがれます。スポットライトをあびているような本殿が印象的です。

約71000株のアジサイが咲き誇る 福岡県北九州市 高塔山公園

福岡県北九州市にある高塔山(たかとうやま)は、毎年、6月中旬ごろにアジサイの見ごろを迎えます。いったいどれくらいの本数のアジサイが植えられているのか気になり調べてみると、なんと約71300本も植えられているとのことです(参照:若松あじさい祭り(マイカーでの高塔山山頂への来場はできません) - 北九州市)。

 

日が沈んでしまったあと、仕事終わりに高塔山へアジサイを撮りにいきました(2019年6月21日時点)。枯れ始めているアジサイもありましたが、まだまだ、たくさんの美しいアジサイをみることができました。

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高塔山のなかでも、毎年、楽しみにしている場所があります。楽しみにしている場所とは、「野外音楽堂」をグルっと囲むようにアジサイが植えられているエリアです。この場所の圧倒的な数のアジサイには目をみはります。

 

残光があたるアジサイから、樹の影に隠れているアジサイまでのグラデーションに心を惹かれました。

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場所:福岡県北九州市若松区修多羅

座標値:33.903441,130.797561

 

自然を崇拝する場所 福岡県鞍手郡長谷

福岡県の鞍手郡と宮若市にまたがる標高338.9mの六ヶ岳(むつがたけ)。その六ヶ岳のふもとに妙見社(みょうけんしゃ)があります。

 

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妙見社の祠

場所:福岡県鞍手郡鞍手町長谷

座標値:33.755115,130.681138

 

古代中国では北極星が天の神様とみなされ、その考え方が仏教とあわさり、北極星と菩薩がくみあわされるようになりました。

 

妙見という言葉は「善悪や真理をよく見通すもの」という意味があり、この言葉が天測航行などで道標となる北極星とつながったものと考えられます(参照:妙見菩薩 - Wikipedia

 

六ヶ岳のふもとにあるこの妙見社は、もともとは北極星をあがめる場所であったのでしょうが、おそらく六ヶ岳自体をご神体とし、六ヶ岳を拝むために、この場所に祠が建てられたと想像します。

 

小川をはさんで、この社と反対岸には、祠を拝むための建物が建てられています。しかし社は建てられていません。社をもたず、自然を崇拝するための原始的な祈りの場がここにはあります。

石に浮き彫りされた薬師如来像 福岡県宗像市田久

 

福岡県の地方を歩いてみると、ときどき、「〇〇四国霊場八十八カ所」の札所をみかけることができます。「〇〇」の部分は「島郷(しまごう)」だったり、「篠栗(ささぐり)」だったり「直方(のおがた)」だったり…と各地方の名前が入ります。

 

このような八十八カ所の霊場巡りは全国各地にあり(参照)、複数県にまたがって札所がつくられている大規模なものから、特定の限られた地区のみに札所がつくられたような小規模のものまであるようです。

 

今回ご紹介する薬師如来像は、宗像(むなかた)四国東部霊場のひとつに祀られていました。「宗像四国東部霊場」は図書館でたまたま見つけた書籍で、はじめて、その存在を知りました。その書籍は『宗像四国東部霊場 八十八カ所めぐり旅』(赤間西郷土・歴史愛好会)という名前で、宗像(むなかた)大社ちかくの宗像市民図書館でみつけたものです。

 

『宗像四国東部霊場 八十八カ所めぐり旅』のP101に、50番札所として薬師如来像のことが紹介されていました。

 

場所:福岡県宗像市田久6丁目7

座標値:33.802945,130.579530

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薬師三尊像

丸く丁寧に削られた3つの石に、それぞれ仏様が浮き彫りされています。三尊像なので、中央の仏様が薬師如来像で、向かって右側が日光菩薩像、向かって左側が月光菩薩像と考えられます。

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薬師如来立像

この薬師如来像が祀られているお堂は、小高い丘につくられています。丘を登るために階段が設置されていますが、その階段の途中に複数体の石仏が、野ざらしで横一列に並べられています。

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50番札所へ至る途中で祀られる石仏

石仏群の風化は激しく、各所の路傍に祀られていたものを、ここに集めたのかもしれません。

 

ここ、50番札所を訪れた日と同じ日に、48番札所(福岡県宗像市多禮;宗像大社の近く)にも訪れてみました。2か所を巡った限りでは、どちらの札所も綺麗に整備されており、今の時代になっても大事にされている霊場であると感じました。

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50札所から眺めた宗像市赤間(あかま)の街

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50番札所ふきんから登山者の多い城山(じょうやま)を眺める

九州で二番目にホームまでの階段数が多い大行司駅(だいぎょうじえき) 福岡県朝倉郡宝珠山

九州の鉄道おもしろ史を読みながら、福岡県の鉄道に関わる歴史をたどっています。今回の記事は、日田彦山(ひたひこさん)線の駅のひとつである大行司(だいぎょうじ)駅へ行ったことと、この駅について調べたことを書いてみます。

 

場所:福岡県朝倉郡東峰村宝珠山

座標値: 33.397048,130.874721 

 この駅の存在を知ったのは、九州の鉄道おもしろ史のP408-409(『ホームまでの階段数が九州で一番多い筑前山手駅』)に大行司駅のことが書かれていたためです。九州で一番階段数の多い筑前山手駅は、ビル型の駅舎に階段が設置されていました。

 

一方で大行司駅のほうは、山の斜面に階段が設置されていて、その段数は71段です。実際、現地にいってみてのぼったところ、「あれ、思っていたほど圧倒されるような段数じゃないな」という第一印象を持ちました。たしかに改札口からホームまでの段数は多いのですが、直方(のおがた)駅【直方市山部】や折尾駅【北九州市八幡西区】など、他にも同段数くらいの駅があるかも…と感じました。「九州で第二位の階段数」というイメージが強すぎたのかもしれません。

以前は階段の前に駅舎(1946年;昭和21年開業)が建てられていたのですが、2017年7月5日の九州北部豪雨の被害により駅舎が崩れてしまいました(参照:福岡)豪雨被災の大行司駅 東峰村が復元へ 新年度:朝日新聞デジタル)。2019年6月時点では、駅舎があった場所は更地となっていました。そして、更地の横にある斜面にはブルーシートがかけられていました。おそらく、この斜面が土砂崩れをおこし、駅舎をつぶしてしまったのでしょう。

 

↓こちらは大行司駅のホームを撮った写真です。2017年以降、大行司駅をふくむ添田駅~夜明駅区間は、鉄道の運行が休止中。線路にもちらほらと雑草が見え始めています。

大行司駅 - Wikipediaで、この大行司駅は”彦山駅 - 夜明駅間で列車交換が可能な唯一の駅となっている”と紹介されています。”列車交換が可能な唯一の駅”とは、どういうことなのでしょう?

 

日田彦山線は通常単線なのですが、大行司駅だけで↓この写真のように線路が2本となります。つまりこの場所で列車が離合できるのですね。よくよく調べてみると、1985年(昭和60年)時点では、すべての列車がこの駅には停車していたようで、他駅と比較して利用者が比較的多かったことが想像されます。

この駅がある場所は宝珠山(ほうしゅやま)という地区なのですが、この地区には昔、宝珠山炭坑があり、1963年(昭和38年)の閉山まで炭坑に関連する人々が利用していたと考えられます(参照)。そのかたたちのなかには、俳優の高倉健もおられました(参照:大行司駅|ゆっくりのんびり日田彦山線(ひたひこさんせん)

大行司駅のホームから宝珠山の町を眺めます↓ 私は、宝珠山の町を通ることがたびたびあるのですが、山のふもとの決して利便性の高い場所ではないのに、このような立派な町があるのが、以前から不思議でした。よくよく調べてみると、この町も炭坑関連の産業で、むかし栄えた町であることがわかってきて、合点がいきました。