日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、九州北部を中心にNikon D750をメイン機として史跡を撮っています。詳しい撮影場所は各記事に座標値として載せていますので、座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで撮影場所が表示されます。参考にされてください。

棒をかついだ猿のみが刻まれた庚申塔 栃木県

昨日、投稿した福岡県宮若市黒丸の庚申塔について、Instagram(いんすたぐらむ)で交流のあるblues_for_susie氏から情報をいただきましたので追記します。

 

こちらの庚申塔は昨日ご紹介したものですが、庚申尊天の文字の下に、猿が槍のようなものを両手で把持しています。

場所:福岡県宮若市黒丸

座標値:33.719181,130.583701

 

他の地域でも、このような庚申塔、あるいは山王信仰の像があることを教えていただきました。以下はblues_for_susie氏からいただいた7枚の写真のうちの2枚です。栃木県南の足利市のお寺で撮影したものだそうです。

 

1枚目のこの写真の猿像は、御幣(ごへい)を担いでいるのでは…と教えていただきました。

blues_for_susie氏より提供

 

このような庚申塔…つまり猿が一匹のみ刻まれているようなものは、いままでに見たことがないので、とても興味深かったです。さらに、こちらのものも興味深いです。棒ではなく、三日月型の物体を持っています。猿の口は尖り、まるでカッパのようにも見えます。

blues_for_susie氏より提供

 

地域が異なると、こうも庚申塔の形態も異なるのだなと感じました。わたしが庚申塔を探せている地域は、今のところ福岡県、大分県、佐賀県、長崎県、山口県のみです。そのため九州、山口県以外の庚申塔の特徴を知るのは、とても楽しいものです。

 

blues_for_susie氏より、まだまだたくさんの関東地方の珍しい庚申塔の写真をいただいています。機会があるときに引用させていただきます。blues_for_susieさん、ありがとうございます。

文字塔の下に猿の像が刻まれる庚申塔(こうしんとう) 福岡県黒丸

福岡県の宮若市は多くの自然が残っており、たびたび訪れる場所です。車で市内を走っていても、福岡県の他地域と比較し、道ばたに庚申塔をみる頻度が比較的多い印象を受けます。市全体の雰囲気は大分県によく似ており、わたし個人の印象ですが、気持ち的にとても落ち着く地域です。

 

宮若市は、2006年に若宮町と宮田町の合併によりできました。合併前の若宮町の町誌(下)P949の説明によると、若宮町内だけでも庚申塔が163基もあるそうです。そして予想通り、この数は他の地域と比較しても多いのだそうです。

 

そんな宮若市の庚申塔のひとつをご紹介します。

 

場所:福岡県宮若市黒丸

座標値:33.719181,130.583701

この庚申塔は宮若市の西のはずれ、福岡県道462号線からすこし脇道に入った場所に祀られていました。

 

主尊は「庚申尊天」。塔に向かって右側面に「宝暦三年」と刻まれています。宝暦三年は1753年。

この庚申塔の珍しい部分は、塔の下部分に猿らしき像が刻まれていることです。しかも、この猿は長い槍のようなものを両手で持っています。槍を構えて何かを刺そうとしているような体勢をとっています。

この庚申塔は民家の敷地内に祀られており、遠目でしか拝見することができませんでした。塔にむかって左側面は確認することができませんでした。

 

塔の土台には講のメンバー名が7名刻まれていることが確認できます。

Amazon Kindleで電子書籍を出版したときつまづいたこと

2019年1月14日に、Kindleで電子書籍『カメラ好きが作った史跡ガイド 北九州編: 北九州市のマニアックな史跡 写真スポット21か所をご紹介』を出版しました。

 

おおざっぱな原稿を作ったのが2018年の11月中旬。これを編集・修正・推敲を繰り返しておよそ2か月。約2万字にまで育て上げることができました。 

 

原稿はWord(ワード)で作成

Kindleの電子書籍はKDP(キンドル・ダイレクト・パブリッシング)というサービスで出版できます。電子書籍の出版というと、かなり煩雑な手続きが必要…という噂を耳にしていたので不安でしたが、実際に出版に挑戦してみると、想像していたほど煩雑ではないことがわかりました。煩雑な手続きがあるのでは?と恐れてたもののひとつに、原稿を何を使って作ったらいいのか?という問題がありました。

 

Word?メモ帳?それとも何か特別なソフトを使うの?

 

わたしはMicrosoft(マイクロソフト)のWord(ワード)を使用して原稿を書きました。2019年1月現在ではWordで作った原稿を、複雑なファイル変換などしなくても、KDPにアップロードするだけで、Kindleで表示できるようになります。アップロードをした後、Kindleのアプリや端末でどのように表示されるのかを確認することもできます。

 

できるだけ写真を多く挿入した本を作りたいと思っていましたので、「写真はどういうふうに文章内に挿入したらいいの?」という不安もありました。

 

写真は、通常の文書内に写真を挿入するように「ツールバー」→「挿入」→「画像」から挿入したい画像を選択するだけです。このときに注意することが、画像をコピー&ペースト(貼り付け)で文書内に貼り付けてはいけないことです。これを守っていれば、後々の作業でも不具合は起きませんでした。

 

参考にした書籍

このように作った原稿を、本として出版するまでの手続きは、わたしはこちらの本を参考にしました。

 

さるでもできるKindle電子出版: 30冊以上のKindle本を出版した筆者が、KDPアカウントの登録方法から、キンドルに最適なファイル作成まで、電子出版に必要な情報をすべて公開!

 

 

 こちらの本は70件のカスタマーレビューで、星4.5という驚異の好評価からもわかるように、これでもかというくらい、わかりやすく丁寧な出版手続きの説明がなされています。本の表紙のパワーポイントでの作り方まで教えてくれていますので、わたしはこれを参考に表紙も自分で作りました。

 

原稿を作る前にこの本を読むと、わたしでもKindle出版ができるかも…と勇気がむくむくと湧いてきました。実際の出版手続きでは、わからない箇所があればこちらの本を説明書代わりに手続きをおこなっていきました。

 

出版手続きでつまづいたこと

しかし、それでもわたしがつまづいた部分がありました。それは銀行口座を登録する箇所です。支払い情報および銀行口座」の情報を入力する際、選べる金融機関名が以下のもののみなので困りました。

 

・みずほ銀行

・三菱東京UFJ銀行

・三井住友銀行

・りそな銀行

・みずほコーポレート銀行

・埼玉りそな銀行

・ジャパンネット銀行

・セブン銀行

・ソニー銀行

・楽天銀行

・新生銀行

・SMBC信託銀行

・あおぞら銀行

 

このなかには、わたしが口座を持っている、ゆうちょ銀行や地方銀行の名前は入っていません。ためしに、ゆうちょ銀行や、口座を持っていた地方銀行の名前を直接入力しても、以下のような表示がされます。

 

現在、すべての Amazon マーケットプレイスでの売り上げに対する支払いを受け取ることができません

 

f:id:regenerationderhydra:20190114181814p:plain

こちらの画像は「電子書籍、AmazonのKindle ダイレクト・パブリッシングへの一切迷わない初期登録手順!」から引用させていただきました。

 

この表示がでたとき「ああ、アマゾンが指定している金融機関の口座じゃないと支払いは受け取れないのだな」と勝手に思ってしまい、楽天銀行の口座を開設しました。銀行口座の開設に約2週間かかってしまいました。楽天の口座を入力して、「さあこれで口座の登録ができる、やったー」と思ったのですが、いざ登録しようとすると同じように…

 

「現在、すべての Amazon マーケットプレイスでの売り上げに対する支払いを受け取ることができません」

 

の表示がでます。

 

f:id:regenerationderhydra:20190114181814p:plain

 

結論を言うと、この画面の「いいえ」を選択すると銀行口座を開設することができました。詳しい解説は「電子書籍、AmazonのKindle ダイレクト・パブリッシングへの一切迷わない初期登録手順!」をご参照ください。

 

もしかしたら、地方銀行やゆうちょ銀行でも、この画面で「いいえ」を選択してたら口座が登録できたかもしれません。実際にたしかめていないので、この箇所は不確かです。

 

わたしが手間取ったところは以上の箇所です。これからはじめて出版されるかたの、ご参考になればと思います。

 

最後に

 

 今回、出版した本の価格は250円で、Kindleアンリミテッド(読み放題)の対象本です。自分でいうのもなんですが粗削りな本です。もし読んでくださる方がおられたら、250円で購入するよりも、読み放題として無料で読むほうがおススメです。

2回目のタイムラプス撮影 福岡県宮若市黒丸

タイムラプスの試し撮り(2回目)を行ないました。今回は3秒間のインターバル撮影で、約400枚の写真を撮りました。画像サイズは一番小さいSサイズです。

 

今回はSサイズでの撮影でも、動画にしたとき画質は耐えられるものなのかを検証してみました。結果は、Sサイズでも動画にしたときはLサイズとほとんど変わらず、十分きれいな画質だと感じました。プロの写真家ではないので、刻一刻と景色が移り変わる、その雰囲気が撮れるのであれば、この画質でじゅうぶんだと感じました。


タイムラプス 福岡県宮若市の清水寺ふきんより

 

以前に撮影したタイムラプス(高塔山展望台からの景色)はLサイズでの撮影だったので、画像一枚一枚が重く、動画編集ソフトに取り込む際も、編集した動画を出力する際も、とても時間がかかっていました。LサイズからSサイズへ変更しただけで、作業時間が半分ほどになるとともに、カメラの電池消費量も少なく、全体の作業ストレスが軽くなりました。

 

今回、撮影した場所は福岡県宮若市黒丸という地区にある清水寺という古いお寺のちかくです。朝10時ごろで、朝まで雨が降っていました。この場所は条件がそろうと雲海ができるようで、雲海がみれるのではないかと期待していたのですが、みることはできませんでした。

 

ただ雲と霧のうごきをしっかりと、撮ることができたのは良かったと思います。霧は平野部から山の方へ登ってくるように動いていることがわかります。それとは別に空の高い場所にある雲は、まったく別の動きになっています。こうして時間を短縮して動画をみてみると、雲や霧の動きの違いがはっきりわかっておもしろいです。

庚申講(コウシンコウ)のほかに甲子講(キノエネコウ)というのもある

若宮町誌(下)』に「信仰」という章(第6章)があり、このなかに信仰的な講として甲子講(きのえねこう)という集まりが紹介されていました(P942)。干支(かんし)の、甲子の夜に集まって大黒さまを祭る講なのだそうです。

 

https://kotobank.jp/word/%E7%94%B2%E5%AD%90%E5%A4%A7%E9%BB%92-242226

 

上のサイト(コトバンク)では、大黒さまがネズミに危難から救ってもらった、と紹介されています。そういう伝承があるのですね。宮若市黒丸の清水という地区では大黒様の前に白ネズミを書いた掛け軸をかけ、庚申講の五日後に甲子講をひらいていたのだそうです。

犬鳴ダム周辺の庚申塔 『庚申鎮護(こうしんちんご)』 福岡県犬鳴(いぬなき)

犬鳴ダムには、他のダムと同じようにダムをぐるっと一周する舗装道があります。車は時計回りで一方通行とはなっていますが、道幅は広く、駐車禁止の標識もでていないので、要所要所で車を停めることができます。車通りも少ないので、ゆっくりと景色を堪能できます。

犬鳴ダムの北端には車が何台も停められる駐車場があり、周囲を散策できる広場も造られています。ダム北端をぐるっと回りこんで折り返し、少し南下したところで右側に広い駐車場が見えてきます。道路をはさんで、駐車場の反対側に今回ご紹介する庚申塔がありました。

 

場所:福岡県宮若市犬鳴(いぬなき)

座標値:33.700091,130.557130

庚申塔の前には「木炭窯跡」の案内板も立っていました。ちなみに「木炭窯跡」を探しに山のなかに入ってみましたが、草木が生い茂り、それらしいものを見つけることができませんでした。

庚申塔の中央には「庚申鎮護」、その両側に建立年月が刻まれます。建立年月の銘は比較的よむのにわかりやすく「享保十六 辛亥 年」「八月吉日」と刻まれています。

 

享保十六年は1731年、干支(かんし)は辛亥(かのとい)です。八月吉日の下に「大?谷中」と読めそうな文字が確認できます。犬鳴ダムに村が沈む前にあった集落のひとつでしょうか?

 

ネットで「大?谷 犬鳴ダム」と検索してみると、サイトのひとつに「犬鳴谷」という文字を発見することができました。犬鳴ダムの北側に、昔はお城があったようで、そのお城の名前は「犬鳴御別館(いぬなきごべっかん」。1865年にお城は建てられたそうです。お城が建てられた当時、そこにあった村は「犬鳴谷」と呼ばれていたそうです。

1865年ということは、こちらの庚申塔(1731年建立)のほうがさらに歴史は古いのですね。

 

ダム周辺には炭焼小屋の遺跡がいくつか見つかっているそうなので、犬鳴谷村は農村であるとともに、炭焼で生計をたてる方たちが多かったのかもしれません。

 

それにしても、庚申塔に庚申鎮護という文字が刻まれているのは、はじめて見ました。鎮護とは何なのでしょう?コトバンクには”災いや戦乱をしずめ、国の平安をまもること”とあります。

 

https://kotobank.jp/word/%E9%8E%AE%E8%AD%B7-569923

 

庚申塔建立の目的はさまざまですが、鎮護という文字から、今回の庚申塔は村に災いが入るのを防ぐ意味をもったものと予想されます。犬鳴ダム周囲には、今回の庚申塔を含めて6基を確認できました。現在の場所へ移された庚申塔もあるかもしれませんが、犬鳴谷を周囲から見下ろし、取り囲むように庚申塔群が祀られていました。昔の方たちは犬鳴谷という村を守ってもらうという目的で、これら庚申塔を建てたのかもしれません。

犬鳴ダム周囲にある庚申塔 福岡県犬鳴

福岡県宮若市の史跡をGoogle mapで検索してみると、「庚申塔跡」という場所が見つかりました。その場所は犬鳴ダムの北側に位置し、「犬鳴御所別館跡」という史跡の近くにありました。

 

場所:福岡県宮若市犬鳴(いぬなき)

座標値:33.7052002,130.5547333

 

Google mapで起動したナビを頼りに「庚申塔跡」という場所に行ってみると、ほぼ誤差なしで庚申塔を見つけることができました。山間の地区に入りこみ、スマホの電波もとどかないような山奥です。しかし自動車が離合できるほどの広さの舗装道を、犬鳴ダム北端から、さらに北側へ380mほど行った場所。庚申塔は路傍の草むらの陰に、隠れるように祀られていました。

庚申塔の背後にはコンクリートの壁が迫っています。湿気の多い地区のようで、庚申塔は苔むしていました。

塔の主尊は「庚申尊天」。その両側に建立年月が刻まれています。しかし、元号の字体がわたしには難しく、判読することができません。そこで図書館に立ち寄り犬鳴ダムふきんに祀られる庚申塔について記載されている書籍はないか調べてみました。

すると書籍がありました。『若宮町誌(下)』のP949、「第四節 路傍の神仏」という項目に若宮町にある庚申塔の一覧が紹介されていました

 

P952のNo.117に、この写真らしき庚申塔が記載されていました。それによると建立年月は「宝暦十二 壬午 年 」「十一月吉日」と刻まれているようです。宝暦十二年は1762年で、干支(かんし)は壬午(みずのえうま)です。刻まれている文字と合致するので、間違いはなさそうです。

 

この庚申塔にたどりつく前後で、犬鳴ダム周囲に他にも5基の庚申塔をみつけることができました。どうしてこんなに犬鳴ダム周囲に庚申塔が祀られているのか不思議でした。

 

それを調べるためにも図書館へ行ったのですが、その理由は不明です。ただ犬鳴ダムは水が入れられる前は、ダムの底に村があり、またその周囲の山々には炭焼小屋が点在していたらしいのです。

むかし村だった場所にあったと思われる石橋。犬鳴ダムの底に見られる

 

今では人家のない閑散とした山間のダムですが、昔は生活を営む人々が住んでいた村でした。とても興味深い地域なので追って町誌などを調べてみたいと思いました。

 

他の5基の庚申塔についても追ってご紹介したいと思います。