日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、九州北部を中心に史跡を巡っています。コンパクトデジカメ(SONY DSC-WX350)で写真を撮るのが好きです。詳しい撮影場所は、各記事に座標値として載せています。座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで撮影場所が表示されます。参考にされてください。

水害を最小限におさえる知恵「霞堤(かすみてい)」 福岡県朝倉市屋永

地形と日本人』(金田章裕著)P.84-88を拝読していると、「霞堤(かすみてい)」という堤防のことが紹介されていました。霞堤とは河川が氾濫したとき、その被害をできるだけ小さくするために工夫された堤防のことです。図式化すると以下のようなしくみの堤防です。

 

同著による霞堤の説明文を抜粋すると以下のようになります。

 

霞堤とは、河川の下流側に短い堤防の一方の端を近づけ、他方を上流側に河川から離れた方向に真っ直ぐ伸ばして(河道から見れば上流側に開いて)設置した堤防であり、これを何本も、河道沿いに雁行状(感覚を置いて平行に)設置したものである。

 

増水すれば当然のことながら、雁行状の堤防の間の不連続な隙間の部分から流水があふれる。しかし、あふれた流水は、霞堤によって上流側へ誘導されるので、流勢はそがれて上流側で滞水することになる。

 

つまり、増水した主流の堤防が多少弱いものであっても、上の図のように霞堤により水流が分散されれば、主流への負担が軽減され、決壊をまぬがれるというわけです。『地形と日本人』P.85では、富山県砺波市(となみし)を流れる庄川(しょうがわ)につくられた霞堤が挙げられています。

 

では、九州では霞堤は残っているのでしょうか?調べてみるとありました。筑後川河川事務所のホームページに掲載されていました参照。こちらでは霞堤は以下のように紹介され、地図まで掲載されていました。

 

不連続堤のもっとも代表的なもので、開口部が重複した堤防のこと。流れの速い川でよく用いられた。洪水は開口部に逆流することで勢いが弱まり、また、洪水を一時的に霞堤部分にため込むことで「洪水調整効果」を発揮した。また、上流部で氾濫しても、洪水は下流部の開口部から川に戻ることができ、その後には肥土が残るなど、自然をよく見て作られていた。

 

福岡県朝倉市を流れる佐田川に霞堤の一部がのこっているようです。実際にいってみました。

 

場所:福岡県朝倉市屋永

座標値:33.398006,130.672910

 

下の地形図は佐田川の東側に存在する霞堤が掲載されています。わかりにくいために、航空写真と、霞堤の場所を図示したものも示しています。

図の黄色部分が主流の堤防です。赤で示した堤防が霞堤です。

以下の図にいれたカメラマークと矢印は、写真を撮った場所と、どの方向にむいてとったかを示しています。

上の写真右側に、佐田川とは離れた場所にある堤防をみることができます。堤防の向こう側にオレンジ色の屋根の民家が建っています。この堤防が霞堤です。佐田川は写真の向こう側から手前側にむかって流れています。たしかに佐田川の流れとは逆方向に堤防が離れていっています。堤防がY字型になっているようです。

 

次の写真は、霞堤の上から佐田川方向を撮ったものです。

霞堤の上が標高約26m、佐田川の水面が約23mで3m程度の高低差があります。

 

↓こちらの写真は佐田川と霞堤との間にはさまれている箇所を写したものです。小川が流れています。佐田川の水量が多くなったときには、この小川へと佐田川の流れが逆流するかたちで流れ込んでくるものと考えられます。

改めて、航空写真で今回訪れた場所を確認してみます。霞堤と佐田川との間に挟まれた「水害の緩衝地帯」には家屋が建てられていないことがわかります。霞堤の外側に集落がつくられており、まさに理屈どおりです。

下の図は、上の航空写真を標高で色分けしたものです。赤になるほど標高が高く、青になるほど標高は低くなっています。集落のある地区は比較的高台であることがわかります。霞堤の外側であっても、低い土地にはあまり家は建っておらず田畑となっている箇所がおおいようです。

筑後川にそそぐ支流域では、このような霞堤は数カ所みることができました。佐田川や、となりを流れる小石原川では、がっちりとしたコンクリート製の堤防などはあまりみられません。堤防補強の手がおよんでいない地域に、昔の方法でつくられた堤防が残っているようです。