「かれは自身の神性を脱ぎすてた」。われわれもこの世界の残滓(ざんさい)を脱ぎすて、奴隷の本性を身にまとわねばならない。わが身を切りつめるのだ、時空のなかで自身が占める一点にまで。すなわち無(リアン)に。
債務を免じるとは、現在にとどまること、永遠の感覚を身につけることだ。そのとき、事実上、もろもろの罪は赦されている。
この世界の想像上の王権をわが身から剥ぎとらねばならない。時空において自己の占める一点へと身を切りつめるべく。絶対的な孤独。そのとき世界の真理にふれる。(『重力と恩寵』シモーヌ・ヴェイユ著,岩波文庫,P.31‐32)
「自分が世界の中心である」という主観的な感覚…つまり「想像上の王権」をとりはらわなければならない。自分の身を、物理的な一点という最小単位にまで還元してゆく。我を捨て、すべてを受け入れる。
先入観(残滓)を持たずに自分を「一点」にまで絞り込むことで、世界のありのままの真理を受け取ることが可能になる。
「債務を免じる(許す)」…つまり、過去への執着や未来への期待といった、時間軸上の不純物を取り除き、「現在にとどまる」ことは、現状を正しく把握することにつながる。
この思想は、日本の禅とつながる感覚があります。
- 無我となり、自分を空っぽの器にする
…「心身脱落(しんじんだつらく)」
- 過去と未来を切り離し、今この瞬間にのみ全存在をかける
…「前後際断(ぜんごさいだん)」