日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、九州北部を中心にNikon D750をメイン機として史跡を撮っています。詳しい撮影場所は各記事に座標値として載せていますので、座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで撮影場所が表示されます。参考にされてください。

ひとりの元庄屋が湾に自費で拓いた新田 その④(最終回) 福岡県北九州市門司区猿喰

前回の記事までは、猿喰(さるはみ)湾の入り口につくられた堤防や、その堤防にもうけられた潮抜き穴(樋門:ひもん)、樋門から南西へ約420mの地点にある厳島神社についてご紹介しました。

 

今回の記事では猿喰新田ができる前の猿喰湾時代に、湾の奥につくられた堤防の場所についてご紹介します。また猿喰新田がつくられたあと、10年の歳月をかけてつくられた溜池についてもご紹介します。

 

↓こちらの衛星写真は猿喰新田の全体をあらわしたもので、数枚の写真をはりあわせています。潮抜き穴と厳島神社の位置関係、そして猿喰新田の全体像がわかるのではないかと思います。

f:id:regenerationderhydra:20201125194813j:plain

この衛星写真の南西端に櫨(はぜ)土手跡というものを示しています。これは猿喰新田ができるまえの時代…猿喰湾だったころの堤防跡をしめしたものです。つまり猿喰湾は下図のような感じでひろがっていたと考えられます。

f:id:regenerationderhydra:20201125195734j:plain

この、猿喰湾を堰きとめていた堤防は、現在では北西から南東方向へとのびる道路となっています。その道路の写真がこちらです↓ 地点(33.890576,130.980681)から北西方向をむいて撮ったものです。直線の道路となっていて堤防跡がわかりやすくなっています。

f:id:regenerationderhydra:20201125200355j:plain

この道路が、湾にはいってきていた海水をせきとめる土手となっていたことは、すこし別の場所からながめると感じられるのではないかと思います。その場所とは県道25号線です。↓下の写真は地点(33.890076,130.977939)ふきんで撮ったものです。

f:id:regenerationderhydra:20201125201807j:plain

赤くしめした長方形が、むかしの堤防があったとおもわれる場所です。陸側から海の方向(猿喰湾方向)をながめているかたちとなっています。ゆるやかな下り坂となっています。堤防は、ゆるやかな下り坂をくだりきった場所にあたります。

 

●●●●●●●●●●●●●

 

最後に、猿喰新田が完成したあと、田んぼの灌漑用の水を貯えるためにつくられた4つの溜池についてご紹介します。

 

猿喰新田の工事が完了し、さらに10年ちかくの年月をかけて溜池が完成したのは1759年といいます(参照:案内板)。つくられた溜池は①鳥越池、②八ヶ坪池、③両国面池、④折池の4つです。

 

それぞれの場所を地図で確認してみます↓ 4つの池は猿喰新田をとりかこむようにして作られています。③両国面池 以外は、標高が約10m地点につくられています。③両国面池は標高が約5mです。新田の四方の高い場所から水を供給できるように、計画的に溜池がつくられたと考えられます。

f:id:regenerationderhydra:20201125204424j:plain

↓こちらの写真は①の鳥越池(座標値:33.888194,130.977792)です。この池は1768年(明和5年)につくられたとされています。

f:id:regenerationderhydra:20201125205249j:plain

鳥越池のすぐとなりに県道25号線がつくられたために小さくなってしまいましたが、つくられた当時はもう少し大きかったそうです。

 

猿喰新田をつくった石原宗祐(いしはらそうゆう)氏が、これら溜池を1759年につくりあげたのも自費でした(参照:『北九州歴史散歩 豊前編(北九州市の文化財を守る会)』P.42-43)。

 

1759年の溜池の完成から、水田でのはじめての稲の収穫までは、さらに14年かかったといわれます参照。田の土にのこった塩をぬく作業が必要だったからです。

f:id:regenerationderhydra:20201125210407j:plain

情報を整理すると、工事のとりかかり(1757年)から、はじめての米の収穫(1779年)まで、22年の時間を要したということになります。しかもその工事費用は石原宗祐の自費であったといいます。

 

猿喰新田は、宗祐というかたの、ものすごい熱意と執念が感じられる史跡です。

f:id:regenerationderhydra:20201125211025j:plain