
宗像市鐘崎にある「鐘ノ岬」。玄界灘に飛び出た岬です。ここでは、おもしろい特徴をもつ岩石がみられます。ここの岩石はとても硬く、力を加えると、乾いた樹脂を割るように「パリパリ」と、板チョコのように割れます。
場所:福岡県宗像市鐘崎
座標値:33.889370,130.524595


また岩肌のところどころに「赤い部分」が見えます。もともとは暗灰色や黒色をしているはずの火山岩が、節理(割れ目)に沿って錆びたような色に染まっています。この色は、この場所が数千万年という時間軸の中で、常に大気や海水という外部システムと接触し続けてきた化学反応の履歴そのものです。

白亜紀には大陸の縁(ふち)にあった岩石
鐘ノ岬を構成するのは、中生代前期白亜紀(アプチアン期〜アルビアン期)の安山岩や玄武岩質安山岩です。約1億年前、日本列島はまだ独立した島弧ではなく、ユーラシア大陸の東端に位置していました。海洋プレートが大陸プレートの下へと沈み込むことで生じるエネルギーがマグマを生み、そのマグマが、大陸の縁での火山活動を繰り返し生じさせていました。鐘ノ岬の岩石は、その巨大なシステムの末端で、地表へと噴出した溶岩や火砕物が急冷されてできたものです。
地質図navi▼

板状節理
「パリパリと割れる」この岩石の特徴は、板状節理(ばんじょうせつり)と呼ばれる構造です。マグマが地表に流れ出し、冷却されていると、物質は温度低下に伴って体積を収縮させます。このとき、冷却面に対して平行に、あるいは溶岩の流動による剪断応力によって、規則的な割れ目が生じます。急激な冷却という「物理的負荷」に対し、岩体内部の歪みを逃がそうとするシステム全体の最適化の結果が、この薄い板状の構造として出力されてます。


この緻密な組織は、結晶が成長する間もなく固まった火山岩特有のものです。これらの岩石は、地上(大陸の縁)で生まれ、一度は海底深くへ沈み、その後に隆起して、ふたたび地上に現れました*1。
- 約1億年前、大陸の縁で火山活動がおき、岩石が誕生しました。
- その後、新生代の古第三紀(漸新世頃)に、この地域一帯は大規模な海進(海水面の上昇や地殻の沈降)により、海の下に沈みました。
- この時、白亜紀の火山岩の上には、周辺の「芦屋層群」に代表されるような砂や泥の地層が分厚く積み重なっていきました。つまり、鐘ノ岬の岩石は長い間、海の底で厚い「蓋」をされた状態で眠っていたということです。
- その後の地殻変動による「隆起」と、時間をかけた「浸食」の結果、現在のような岩石が地表面にあらわれてきました。

岩肌に見られる赤い箇所は、「化学的風化(酸化)」の典型例です。安山岩や玄武岩には、鉄分を豊富に含む鉱物が含まれています。節理から浸透した海水や雨水、そして大気中の酸素が、岩石内部の鉄分と結合し、酸化鉄(ヘマタイトなど)へと変化させます。割れ目に沿って赤みが深まっているのは、そこがいちばん外部環境との接触面が広かったということを表しています。
参照:『みんなの高校地学』第1章 地球の姿としくみ・第2章 46億年の地球史
*1:弧‐海溝系の視点に基づく日本の白亜紀陸弧の配置.高橋雅紀・安藤寿男,化石.100,45‒59,2016.https://www.jstage.jst.go.jp/article/kaseki/100/0/100_45/_pdf