
私にとって、日常の気づきをメモとして記録することは、単にタスクを忘れないための行動ではありません。日々の体験を、一つの知識体系へと組み上げるために、必要な行動となっています。このこと自体が、日常の楽しみをみつける、基本的な行動のひとつとなっています。
参照:メモを続けることで日々の生活をすこしだけ豊かにする - 日々の”楽しい”をみつけるブログ
過去に蓄積した読書による知識、実務での体験、ニュース、あるいは動画や音声配信から得た知見。これら既存のデータと、今日 得られた新しい知見を、意図的にリンクさせます。独立した点と点が結びつくことで、まったく異なる要素のなかに同じ構造を発見し、そこから新しい発想が立ち上がることがあります。
日常を「素材集めの場」とする
この作業を継続すると、ふだんの生活に対する認識にも変化がおきてきます。これまでストレスやネガティブと感じられていた体験も、システムを構築するための「一つのデータ」、あるいは「メモ類を体系化するための材料」として客観的に処理するように心がけてきます。その結果、毎日が経験値を積み上げるためのフィールドとして機能し始めます。
仕事においても、この視点は機能します。毎日の業務を、発想のための材料集めの場、知識習得と成長の場として捉え直してゆきます。これは、フィールドレコーディングをするとき、録音機材を通して、対象の構造や本質をみつけてゆくのと同じアプローチのように感じます。はっきりした目的意識を持ち、対象の客観的な記録と描写…つまり抽象化…を繰り返すことで、思い込みや幻想から離脱し、自分の成長の軌跡を正確に振り返ることができるようになります。
メモ同士をつなげるのは自分でやる
メモを記録し、知識を蓄積し、リンクによって知恵へと昇華させてゆく。このサイクルが回り始めると、そのサイクルをまわす過程そのものに楽しさを見出すことができるように感じます。
このサイクルを中断せず、長い期間 運用するためには、メモ同士のリンクをつくる過程においてルールを設ける必要があります。
リンクを構築する作業は、メモの整理ではありません。考えることそのものであり、新しい発見を生み出す過程です。
社会学者のニクラス・ルーマンは、自身のメモシステムを「対話できる相手」と呼んでいました。対話とは、想定外の応答から思考を深める過程です。見た目は、まったく異なる要素のなかに、共通する構造を見出す。このメモを読んで、分類分けする精度は、作業の自動化…つまり生成AIによってリンクを貼ってもらううこと…からは高まっていかないと考えます*1。
よって、リンクの構築やキーワードの抽出をAIにやってもらうことはできません。どのメモが関係するかを判断する過程が、自分らしいアイデアを生み出す起点となると考えます。時間の経過と、考え方の変化に伴い、メモ同士の関係性も変化していきます。自分で試行錯誤し、手動でリンクを繋ぐ過程に、知識が知恵へと昇華する機能があります。
タグは考えてきた行程を示す道標
しかし、どんどんリンクを広げていっていると、困ったことがおきます。「思考の迷子」という状態です。最初は「A」というテーマを扱っていたにもかかわらず、連想によって「B」「C」と枝分かれし、そもそも考えていたこと「A」はなんだったのか…と、もともとのテーマを見失う現象です。枝分かれは知識の成長であると同時に、システムを混乱させます。
この混乱を防ぐ手段が、タグの運用です。
ルーマンは、数百枚のメモによって当初の思考の流れが遮断されないよう、起点となるインデックス(索引)を作成していました*2。これは紙のメモを運用していたときの方法です。デジタルツールにおいて、この役割を担うのがタグです。タグは単なる分類記号ではなく、思考の出発点を示す「迷子防止の地図」として機能します。
たとえば「心理学」というテーマから「パーソナリティ障害」「防衛機制」などの細かい話題へ深入りした場合でも、全体像を示すタグ(例えば「#心理学」というタグ)があれば、いつでも元の文脈へ帰ることができます。1ノート1アイデアの「思考の断片」と、それらを俯瞰する「地図」を明確に区別し、併用することが求められます。
小さく始める
知識を体系化し、日常を成長のフィールドとして楽しむ。この過程を継続するための原則は、とてもシンプルです。
「小さく始めること」
最初から完璧なシステムを構築しようとすれば、必ず破綻します。まずは「1日5分」から、実行のハードルを極限まで下げます。記録の対象は、業務中の些細な違和感や、他者との対話での気づきなど、わずかな断片をメモ帳に記録します。
家に帰ってから、メモ帳からパソコン内のObsidianへ転記します。
ここで大事なのは、成果を目標としないこと。メモが直近の課題解決にどう役立つかといった結果は、二次的なものとして扱います。優先すべきは、事象を観察し、記録し、リンクをつなぐという「プロセスそのものを楽しむ」ことです。自分の手で知識の生態系を構築する手応えが、継続の力となります。
また、他の人の意見をメモシステムの中に入れ込むことは、自分のメモシステムに予期しないリンクをもたらす要素となります。
日常が成長の場となる
日常の記録は、ただの備忘録ではありません。それは、思い込みや感情論という、ふわふわした「幻想」から離れるきっかけとなります。記録は、事実と過程に基づいた確かな「足場」を築くための実践です。毎日の観察を継続し、それらを構造的に結びつけることで、思考はより鮮明になり、日常が「考え方の成長の場」となると考えます。
*1:『メモをとれば財産になる』ズンク・アーレンス著,P.233
*2:『メモをとれば財産になる』ズンク・アーレンス著,P.231