日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。九州北部を中心に史跡を巡っています。巡った場所は、各記事に座標値として載せています。座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで場所が表示されます。参考にされてください。

他者の言動に翻弄されない方法

介護現場で働いていると、人(顧客)を相手にして、人(同僚)と協力して仕事をすすめていかなくてはいけません。そのなかでは、どうしても人どうしの摩擦はさけられません。摩擦がおきたとき、どうやって自分のメンタルを守っていくのか?

 

仕事のなかで、気づいたことをメモしてゆき、それを体系的にまとめてみました。

 

1.基本的な考え方

他のひとの、理不尽な言動を、そのひとの悪意ではなくて、「故障した機械」や「突風」のように、無駄な感情労働から解放される「自然現象」として認識する。

 

共感するエネルギーは無限にあるのではなく、有限であることを認識する。「共感するスイッチ」を意識的にOFFにする技術を習得する。

 

「相手にこうしてほしい」という期待を捨てることで、幻想による苦しみを断絶する。

 

2.境界線の構築

自分と、他の人との責任範囲をはっきりさせ、自分に境界に侵入させないようにする「ガードレール」を設置する。

 

「古狸・お局様」による特権の要求

自分と、他の人との境界線が曖昧な場所には、システムを私物化しようとする力が働く。

 

具体的には、組織のルールや公平性が守られていない「空白地帯」では、ルールを無視して、自分の特権を要求する人がでてくる。「こちらのほうが効率が良い」とか「こちらのほうが仕事がはやく終わる」などと言って、組織で決まっているルールを無視し、独自のルールをつくりだし、周囲にそれを従わせようとするようなケース。

 

周囲の職員が「やっかいごとを避けたい」という心理を利用して、意思決定に介入し、本来ならば全体の公平性のためにあるシステムを、個人のわがままを通すための道具へと変えてしまう。

 

同僚を「便利な道具」としてあつかう振る舞い

業務の役割分担が不明確、あるいは尊重されていない現場で、自分の負担を減らすために他の人を勝手に利用する。

 

自分が担当している残務を、たまたま近くで仕事をしている職員に「ついでにお願いね」と押し付ける行動など。

 

相手を共通の目的を持つパートナーとしてではなく、自分の負担を軽減するための「便利な道具」としてあつかっている。これは相手の境界線を破壊して、システムを自分のショートカットのために利用している状態。

 

2‐1.物理的・心理的距離の確保

相手にとって「つまらない岩」になりきり、相手のターゲットからハズレる。感情の表出を平板化させ、フラットなトーンで即座に相手からの要求を遮断する。

 

2‐2.「冷徹な仮面」の運用

「感情的な話は通じない人」という人間を演じる。

 

3.構造分析によって感情を落ち着かせる

わきあがった感情を、言語化・図式化して「データ」に変換すし、客観視する。

 

3‐1.「バグ」の構造を解明する

相手の理不尽な行動や不可解な行動を、発達障害的な特性やパーソナリティ障害の観点から構造分析することで「しかたがない」という客観的な諦念境地へと移行させる。

 

3‐2.因果と相関の分離

「相手が怒っている」ことと、「自分の責任」と切り離す。そして、ほんとうは存在しない因果関係を、存在するかのように感じる感覚にまどわされないようにする。

 

3‐3.言語化による外部化

もやもやを言語化して、ルール化することで、主観的な「悩み」を客観的な「システムの課題」とへ昇華させる。

 

 

4.合理的な対応をおこなう

具体的な状況に応じて、効果的な方法を以下のなかから選んで実行する。

 

4‐1.報酬の遮断

相手の「嫌がらせ」に対して、こちらが反応を返さないことで、相手に「嫌がらせをしても報酬が得られない」と学習させる。

 

4‐2.「仕組み化」による解決

問題を「個人」ではなく、「現象」として捉えて、そのような「現象」に対しての「共通の対応マニュアル」をつくることで、精神的負荷を軽くする。

 

4‐3.人とのつながりを味方につける

個人の力で対抗せず、状況を周囲の人と共有し、同僚を味方につけることで孤立を防ぐ。

 

5.自分の「聖域」を守る

周囲の雑音を完全に遮断して、自分の心身機能を回復させるための環境設計を行なう。

 

5‐1.空白の時間をつくり「不在」という贅沢を味わう

趣味(読書など)や、何もしない時間をとおして、創造性を回復させる。ほかの人の目や評価という「雑音」を排除する。

 

5‐2.身体性の回復

頭の中で、嫌なことがループすることから抜け出すために、ジョギングやフィールドレコーディングを通して、現実の感覚に集中する。