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福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、九州北部を中心にNikon D750をメイン機として史跡を撮っています。詳しい撮影場所は各記事に座標値として載せていますので、座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで撮影場所が表示されます。参考にされてください。

12種類の星座が彫られている三重塔 福岡県みやこ町国分

こちらの美しい三重塔は、福岡県京都郡(みやこぐん)の国分寺跡に建てられた塔です。「豊前国分寺 三重塔」です。この塔の2階部分に「かに座」や「いて座」などの星座に関する彫刻が施されているといいます。でもどうして三重塔に星座が刻まれているのでしょう?その理由もふくめて調べてみたいと思います。

 

場所:福岡県京都郡みやこ町国分

座標値:33.678717,130.980288

↑三重塔の南側から写した写真

 

↓こちらが三重塔のに2階部分を写した一例です。四角で囲った部分に12星座の彫刻をみることができます。各面に3個ずつ彫刻があります。(3個×4面)で合計12星座です。

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丸桁部(がぎょうぶ)に12星座が刻まれる

 

三重塔の東側が正面となるので、東側からひとつひとつの彫刻をご紹介します。東側の一番左が「ふたご座」↓

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東側の真ん中が「おとめ座」↓ 

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東側の一番右側が「かに座」↓

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北側へと移ります。

 

北側の一番左側が「てんびん座」↓

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北側の真ん中が「さそり座」↓

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北側の一番右が「いて座」↓

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西側へと移ります。

 

西側の一番左が「みずがめ座」↓

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西側の真ん中が「やぎ座」↓

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わたしは、はじめこの像を見たとき、何を表しているのかわかりませんでした。龍のように見え、とても「やぎ」とは思えませんでした。しかし、こちらの「十二宮/豊前国分寺の三重塔 京都郡みやこ町豊津 : いるか書房別館」のサイトを拝読すると、まちがいなく「やぎ座」を表しているとのことです。この像は、神話に登場する怪魚「マカラ」をあらわしているようです(マカラ (神話) - Wikipedia)。

 

「やぎ座」=「磨羯宮(まかつきゅう)」

「磨羯(まかつ)」=「怪魚マカラ」

 

こういうつながりがあり、山羊の形ではなく、龍のかたちのような像が刻まれているのでしょう。

 

参照:サイン (占星術) - Wikipedia

参照:磨羯宮 - Wikipedia

 

西側の一番右が「うお座」↓

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最後に南側へと移ります。

 

南側の一番左が「おひつじ座」↓

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南側の真ん中が「おうし座」↓

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南側の一番右が「しし座」↓

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しかしどうして三重塔に12星座が刻まれているのでしょう?その理由が案内看板に記載されていました。その内容をざっくりと箇条書きにすると以下のようになります。

 

・この三重塔に宝塔(ほうとう)の機能が盛り込まれた

・真言密教では宝塔を大日如来のシンボルとする

・大日如来は宇宙の主である

・宇宙を表現する目的で星座を浮き彫りした

 

この塔自体が大日如来を表し、その大日如来(=宇宙)を中心に描かれる曼荼羅(まんだら)を簡単にあらわしたものが、これら12星座の彫刻のようです(参照:両界曼荼羅 - Wikipedia)(参照:京都国立博物館 星曼荼羅)。

 

国分寺の建立の目的や、これら星座を三重塔に刻んだ目的はなんだったのでしょう?

 

国分寺は、全国の国ごとに造られた国立の寺院の総称で(参照)で、国分寺が設立された当時(奈良時代)の日本は、病気が流行するとともに、作物の不作が続いていました。これらの害悪から人々を守ってほしいという願いから、豊前の国分寺を含め、星座の彫刻も造られたようです(参照:史蹟 豊前国分寺 案内板)。