日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。九州北部を中心に史跡を巡っています。巡った場所は、各記事に座標値として載せています。座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで場所が表示されます。参考にされてください。

アートと文学を通して感性を磨き、複雑な世界を理解する

毎日、たくさんの新しい情報に囲まれながら生きていく中で、人間はどのように世界を認識し、理解し、判断を下しているのでしょうか?脳科学の進歩により、人間の認知能力のメカニズムが徐々に明らかになってきました。『なぜ脳はアートがわかるのか』(著者: エリック・R・カンデル、高橋 洋)では、脳科学の視点から、特に視覚芸術における認知プロセスを解き明かしています。一方、『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(山口周)では、複雑化する現代社会において、エリートたちが美意識を重視する理由を、認知能力と関連付けて論じています。”人間の認知能力”という共通の軸を通して見ると、論理や理性だけでなく、感性や直感、創造性といった要素もまた、人間の認知能力において重要な役割を果たしているということがわかってきます。人間の脳がどのようにアートを理解するのか?美意識はどのようにして形成されるのか?そして、なぜ世界のエリートたちは美意識を重視するのか?

 

 

現代社会における美意識の重要性

複雑化・不安定化する現代社会において、従来の論理・理性に基づいた意思決定だけでは不十分であり、美意識、すなわち感性や直感が重要性を増していると考えられます。これは、ビジネスの世界だけでなく、あらゆる分野において共通しています。美意識は、個々人がアーティストとして、世界をより良くするための創造的な活動を行うための基盤となります*1。例えば、「膨大なデータの中から、本当に必要な情報を選び出す」、「変化の激しい状況に合わせて、柔軟に戦略を修正する」、「多様な価値観を持つ人々と、効果的にコミュニケーションをとる」といった課題に対して、論理的な思考だけでは対応しきれない場面が出てきます。そこで重要になるのが、美意識です。ここでいう美意識は、芸術作品を鑑賞する能力や、美的センスといった狭義の意味だけでなく、感性や直感、創造性といった、人間の根源的な認知能力を包括する概念です。美意識は、論理的な思考では捉えきれない、複雑な状況全体を理解するのに役立ちます。例えば、状況を総合的に把握し、本質を見抜く変化の兆候をいち早く察知し、未来を予測する新しいアイデアを生み出し、イノベーションを起こすといった能力は、美意識と深く関わっています*2。また、美意識は、共感力やコミュニケーション能力を高める上でも重要です。美しいもの、感動するものに触れることで、私たちは他者の感情を理解し、共感する力を養うことができます。これは、多様な価値観を持つ人々と協調し、より良い社会を築いていく上で、不可欠な能力と考えられます。以上のように複雑化する現代社会において、美意識を鍛えることは、私たちがより良く生きるための重要な鍵となります。

 


美意識と脳科学

美意識は、脳のトップダウン処理と深く関わっています。人間の脳は、視覚情報を処理する際に、大きく分けて2つの処理を行っています。

 

①ボトムアップ処理: 網膜からの sensory input(感覚入力)を基に、線や色、形といった要素を抽出し、それを統合して対象を認識していく処理。


②トップダウン処理: 過去の経験や知識、記憶、文脈といった情報に基づいて、視覚情報を解釈する処理。


例えば、目の前に置かれたリンゴを認識する時、ボトムアップ処理として…「赤い」「丸い」「つるがある」といった視覚的な特徴を捉えます。そしてトップダウン処理として… 赤い・丸い・つるがあるという特徴と、過去の「リンゴ」に関する記憶や知識を照合し、「これはリンゴだ」と認識します。抽象芸術は、具象的な要素を排除することで、ボトムアップ処理だけでは解釈が難しくなった鑑賞者の脳にトップダウン処理を促します。そして、トップダウン処理が活性化すると、鑑賞者に想像力、創造性、そして情動をより強く喚起させ、作品の意味を解釈させようとします*3

赤・青・黄のコンポジション, 1930

例えば、モンドリアン*4の抽象画を見た時、ある人は、水平線と垂直線から、静寂と安定、調和を感じ取るかもしれません。ある人は、鮮やかな色彩から、喜びやエネルギー、躍動を感じ取るかもしれません。またある人は、過去の経験と結びつけ、ノスタルジーや哀愁を感じ取るかもしれません。このように、抽象芸術は、鑑賞者一人ひとりの内面にある、様々な感情や記憶、経験を引き出す力を持っています。そして、それは、美意識が論理や理性だけでなく、感情や経験、主観といった要素も統合して生まれることを示唆しています。美意識は、単に美しいものを美しいと感じる能力ではなく、脳の高度な情報処理能力と深く関わり、世界の認識や理解を豊かにする力と考えられます。


美意識を鍛える方法

芸術に触れることは、観察力、感性、創造性を高める効果があります。特に抽象芸術は、脳に負荷をかけることで、これらの能力をより強く刺激します*5。文学を読むことは、多様な価値観や感情に触れることで、自分にとっての「真・善・美」を深く考える機会を提供してくれます。哲学を学ぶことは、論理的思考力だけでなく、倫理観や批判的思考力を養う上で重要となります。美意識は単なる感覚的なものではなく、脳の高度な情報処理能力と深く関連しており、社会生活を送っていく上で重要な能力であることがわかります。

 

慶應義塾の塾長として昭和天皇の家庭教師も務めた小泉信三は、エリートが得てして「すぐに役に立つ知識」ばかりを追い求める傾向があることを指摘し、「 すぐに役立つ知識はすぐに役立たなくなる」と言って基礎教養の重要性を訴え続けましたが、哲学の学習についても同じことが言えます。(『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』Kindle位置2475)

 

具体的な行動指針

美意識を鍛え、複雑な社会生活をより良く生き抜くために、まずは日常生活の中で、美しいもの、感動するものを見つけるように意識してみることが大事だと考えます。美しい風景、心を打つ音楽、人の優しさなど、身の回りに存在する様々な「美」に目を向けることで、感性は自然と磨かれていくと考えます。また、身近なアクティビティとして、美術館に足を運び、様々な芸術作品、特に抽象絵画をじっくりと鑑賞することが挙げられます。美術館で、自分自身の内面と向き合い、新たな視点や解釈を発見してみることも可能だと考えられます*6。さらに、自宅でできるアクティビティとして、小説や詩など、様々なジャンルの文学作品を読むことが挙げられます*7。人間の多様な感情や価値観に触れることで、感情の機微や人間の複雑性を理解する機会が生まれると予想されます。

 

◆◆◆◆◆

美意識を育むことは、単に感性を磨くことではなく、脳の持つ可能性をさらに引き出し、自分自身をより深く理解することへと繋がると考えられます。脳は、外界からの情報をただ受動的に受け取るのではなく、能動的に解釈し、情報を再構築することで、私たち固有の「世界」を創造しています。そして、その創造のプロセスにおいて、美意識は重要な役割を担っています。養老孟司氏の『唯脳論』では、「ヒトの作り出すものは、ヒトの脳の投射である」と述べられています。社会も、文化も、私たちが認識するあらゆるものは、脳というフィルターを通して構築されたものです。つまり、私たちが見ている「世界」は、客観的な reality(現実)そのものではなく、脳が作り出した主観的な「世界」であると言えます。そして、この主観的な「世界」をどのように構築するのか、そこに美意識が深く関わってくると考えられます。抽象芸術は、脳のトップダウン処理を促し、想像力、創造性、情動を強く喚起することで、人間の内なる世界を豊かにしてくれます。文学作品は、多様な価値観や感情に触れる機会を与え、人間の複雑さや奥深さを教えてくれます。哲学は、私たちに「なぜ?」と問いかけることを促し、批判的思考力や倫理観を育むことで、より良い判断を導く指針となります。そして、これらの経験を通して培われた美意識は、複雑な現代社会を生き抜くための指針になると考えられます。社会生活を送るにあたって、柔軟に対応し、新たな価値を創造していくためには、論理や理性だけでなく、感性や直感、創造性といった能力が必要になると予想されます。美意識を鍛えることで、より深く世の中を理解し、より豊かに感情を味わい、より創造的に未来を形作ることができると考えます。

*1:『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』Kindle位置.1094

*2:『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』Kindle位置285

*3:『なぜ脳はアートがわかるのか』Kindle位置422

*4:ピート・モンドリアン。19世紀末から20世紀のオランダ出身の画家。初期には風景、樹木などを描いていたが、やがて完全な抽象へ移行する。有名な『リンゴの樹』の連作を見ると、樹木の形態が単純化され、完全な抽象へと向かう過程が読み取れる。作風は、表現主義の流れをくむカンディンスキーの「熱い抽象」とはまったく対照的で、「冷たい抽象」と呼ばれる。水平と垂直の直線のみによって分割された画面に、赤・青・黄の三原色のみを用いるというストイックな原則を貫いた一連の作品群がもっともよく知られる。ピート・モンドリアン - Wikipedia

*5:『なぜ脳はアートがわかるのか』Kindle位置358

*6:『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』Kindle位置8

*7:『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』Kindle位置2520