参照:『左川ちか詩集』川崎 賢子編.岩波文庫.P164-166
「風が吹いてゐる」
暗い庭を
賑やかに笑ひながら
行列が通つたあとのやうに
ゆられる樹木は
誰に話しかけようとしてゐるのだ
見えない足音が
遠くの声のやうに
白日の夢をかはかし
氷の上で
私の影を踏みつけてゐる
外でははげしく
昼が吹き消された
鷗は嘴をまげ
むらがる波から
あたたかい言葉を集め
ランターンの中へ
逃げ込んでしまつた
人々は春を待ち
失つた時刻を求め
彼らの瞳のなかへ
もう一度
鷗の帰るのを望むだらう。
冷たい風が吹き、氷の上でつらい思いをしたとき、カモメは冷たい波から逃げて、あたたかいランプ(ランターン)の中に入る。「逃げるのは弱いから」と考えてしまうが、仕組みとして考えると、これは自分が生き残るための正しい作戦である。
人の心と体を「速く走れるけれど、熱を冷ますのが苦手な車のエンジン」に例えてみる。大変なことがあったとき、無理をして走り続けると、エンジンは熱くなりすぎて、ある日、急にプツンと動けなくなってしまう。カモメがあたたかいランプに逃げ込んだのは、完全に動けなくなるのを防ぐために、意図的に休むスイッチを押した、と考える。
完全に傷つくまえに、毎日でもいいから逃げこむ。これを日常のルールにする。
限界がきて倒れるまでがまんするのではなく、まだ元気があるうちに、安全な場所へ避難する。これは、機械が壊れてから修理するのではなく、壊れないように毎日メンテナンスをすることと同じである。
まわりの問題やトラブルを、全部背負い込むと、心のエネルギーをすぐに使い切ってしまう。使いすぎたエネルギーを元に戻し、気持ちを落ち着かせるためには、ランプの中のような、誰にも邪魔されない「空っぽの静かな時間(余白)」が必要である。
安全な場所でしっかり休んで熱を冷ませば、心は自然と元の元気な状態に戻っていく。逃げることは、歩くのをやめてしまうことではない。明日も少しずつ歩き続けるための、大切な準備である。何度でも安全な場所へ逃げて、深呼吸をしてから、また外の世界へ向かえばよい。