日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。九州北部を中心に史跡を巡っています。巡った場所は、各記事に座標値として載せています。座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで場所が表示されます。参考にされてください。

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夜の恐怖と精神的恒常性の維持

参照:『左川ちか詩集』川崎賢子編.岩波文庫.P16

 

「錆びたナイフ」

青白い夕ぐれが窓をよぢのぼる。
ランプが女の首のやうに空から吊り下がる。
どす黒い空気が部屋を充たす――一枚の毛布を拡げてゐる。
書物とインキと錆びたナイフは私から少しづつ生命を奪ひ去るやうに思はれる。

すべてのものが嘲笑してゐる時、
夜はすでに私の手の中にゐた。

 

夕暮れどきの光の減少は、単なる周囲の環境変化ではない。自らの内側に潜む恐怖を外の世界へ投射するためのスクリーンである。夜の闇に覚える恐れは、自分自身の心が作り出した構造物に過ぎない。その発生源が自分自身であると認知したとき、無意識のうちに恐怖を生成し続ける自己のシステムに対する強い嫌悪感が生じる。

 

この自己嫌悪からどのように脱却するのか。その解決策は、事態を無理にコントロールしようとする過剰な思考を停止させることにある。抗おうと分析を深めるほど、精神的な資源は急激に消耗する。有効なのは、生起する感情や事象をそのままの質量で受け入れることである。川の流れに逆らわず、自重を預けるように、状況をただ透過させる。

 

「難しいことを考えない」という選択は、思考の放棄や怠慢ではないと考える。これは、過負荷な内部処理を意図的にシャットダウンして、精神の恒常性を維持するための確信的な防衛策である。複雑なシミュレーションを終了させ、「ただ生きる」という最も基礎的なプロセスのみを稼働させる。雑音を徹底的に削ぎ落とし、余白を設けることで、初めて本質的な安定が確保される。