
福岡県内で、介護職員が最低賃金(2025年11月改定後:1,057円)でフルタイム(月160時間)働いた場合の額面は約17万円です。社会保険料控除後の手取りは約13.5万〜14万円となります。
デイサービス(通所系)の特性として、夜勤手当がないため、入所系施設に比べて総支給額が3万〜5万円低くなりやすく、結果として手取り15万円前後に収束するケースが多発しています。
いまの福岡県内での、介護職員の報酬(手取り15万〜16万円)は、経済学・社会学的な諸理論、市場原理に照らすと、本来あるべき均衡点(きんこうてん)から約50%乖離した「構造的な過小評価」の状態にあると考えられます。
論理的な適正報酬は、人的資本の蓄積と負のリスクプレミアムを考慮すれば、手取り31万〜34万円程度が妥当な結論だと考えます*1。
介護の報酬は国が決める*2ため、努力が正当に評価されない構造になっています。この「制度の限界」から身を守るには、公的なルールに縛られず、自らの価値を再定義する視点が不可欠です。
科学的・社会学的根拠に基づく詳細分析
労働経済学的視点:人的資本と補償的賃金格差
介護労働を単純な「奉仕」ではなく、専門的な技術提供として分析すると、以下の2つの理論から報酬の底上げが必要だと考えられます。
人的資本理論(+20%~+40%)
介護専門職(特に作業療法士等の国家資格保有者)は、長期間の教育と実務経験を通じて高度な専門知識を蓄積しています。これは「人的資本」への投資であり、無資格・未経験の一般職よりも高い収益を生むのが経済学的合理性です。
補償的賃金格差理論(+20%~+30%)
介護現場には腰痛等の身体的負荷、対人葛藤(感情労働)、事故のリスクといった「負の属性」が存在します。市場経済では、これらの負荷を相殺するために、同程度の教育水準のデスクワークよりも高いプレミアム(上乗せ)が支払われなければ労働供給が維持されません。さらに言及すれば、高度な観察眼によって事故を未然に防ぐという『マイナスをゼロに抑える価値』が、現行制度では評価対象から除外され、無価値として扱われている構造的矛盾が存在します。
社会学的視点(ケアの倫理とボーモルの病)
ケア・ペナルティ(+25%~+30%)
社会学的には、ケア労働が「家庭内労働の延長」と見なされる文化的バイアスにより、専門的スキルが低く見積もられています。
ボーモルの病(+10%~+20%)
製造業等の「生産性が向上しやすい部門」の賃金が上昇すると、対人サービスなどの「生産性が向上しにくい部門」も労働力を確保するために賃金を上げる必要があります。しかし、介護は対面が価値の本質であり、機械化による劇的な生産性向上が困難です。本来ならば、社会システムを維持するためには、他産業の上昇率に合わせて報酬を「相対的に高く」設定し続ける必要がありますが、現在おこなわれている公定価格制度はこの調整機能を阻害しています。
理論的均衡点
これらすべての要因を複利・重畳(ちょうじょう)的に加算し、現在の「公定価格による抑制(市場の失敗)」を排除すると、以下のようになります。
理論的報酬=現状の報酬×(人的資本+補償的格差+ケア是正+生産性調整)

※ここで、R factorsは各理論による加算率(人的資本、リスクプレミアム、ケア是正、生産性調整)を指します。
合計の上乗せ幅は約+100%で、2.0倍となります。理論的には、現在の手取り額に、「約100%(同額)」を上乗せした額が、労働市場が健全に機能した場合の均衡点(適正価格)であると推定されます。
市場感覚による構造解析(岩盤規制と裁定取引)
岩盤規制の機能不全
かつての航空業界が証明したように、市場の理を無視した規制は行き詰まると考えられます*3。現在の介護現場での深刻な人手不足は、国が決めた「価格」と、現場の労働が持つ「価値」のズレが限界に達している警告であると考えられます。
裁定取引(アービトラージ)の欠如
本来、価値の差は「適正な価格への修正」によって解消されます。しかし、価格が固定された介護制度下では、専門職が自らの高い価値をふさわしい対価に換える機会が、構造的に失われています。
現状への対応
介護職の低賃金は、個人の能力不足によるものではないと推察されます。市場原理が機能しない「不自然な制度」の中に閉じ込められているという、構造上の問題だと考えられます。
「価値の分離」
制度上の報酬(公定価格)と、自分が提供している社会的価値(論理的な期待値)を分離して認識し、自己評価を制度に委ねないようにします。
「マーケットの選択」
固定された報酬制度を離れ、自分の価値が正しく値付けされる「自由な市場」への移行を検討します。例えば、介護ICTの導入支援や、高齢者向け製品の開発監修、家族介護者向けサポート、介護特化型のライター・編集、住宅改修・住環境アドバイザー、デジタルメディア運営などがその選択肢となります。
「不確実性への適応」
特定の組織や資格に依存せず、変化を楽しむ「マーケット感覚」を磨き続けることが、不合理な分野における、唯一のサバイバル能力となります*4。
*1:経済学における「人的資本理論」では、教育や訓練、実務経験によって蓄積されたスキルを資本とみなします。介護は、単なる日常の介助作業ではなく、疾患や認知症への深い理解、対人支援の高度な技術を要する専門職です。長年の経験で培われる「熟練の知」は、他産業の技術職と同等以上の価値を持つ資本であり、それに見合うリターン(報酬)が支払われるのが経済的な合理性です。社会科学における「補償賃金格差」の考え方に基づけば、身体的負荷(腰痛リスク)、夜勤による健康リスク、そして高度な精神的緊張(感情労働)といった「労働の負の側面」を引き受ける仕事には、それらを相殺するための上乗せ報酬(プレミアム)が必要です。現在の介護報酬は、このリスクに対する対価が構造的に無視されています。
*2:主に社会保障制度としての公平性の確保、財政の持続可能性、および利用者の保護という3つの側面から、介護報酬が国(厚生労働省)によって決定される「公定価格」となっています。
*3:Deregulation of the U.S. Airline Industry | Research Starters | EBSCO Research
*4:書籍『マーケット感覚を身につけよう』ちきりん著