日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。九州北部を中心に史跡を巡っています。巡った場所は、各記事に座標値として載せています。座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで場所が表示されます。参考にされてください。

介護・医療業界の離職問題と「事なかれ主義」のシステムエラー

私は作業療法士として15年間、大分県から福岡県内の病院や施設、デイサービスなど、計5つの組織で働いてきました。その経験のなかで体験してきたのは、介護・医療業界における「ハラスメント対応」の極端な格差です。

 

経験した5つの現場のうち、ハラスメントに対して構造的かつ正当な「防壁」を築けていたのは、キャリアの起点となった急性期医療機関のみでした。残る80%(4カ所)の組織では、管理側が患者や利用者の不当要求に屈する「事なかれ主義」が常態化し、現場の専門職が感情労働の犠牲となっていました。

 

この「20%」という数値は、個人の不運ではなく、業界全体が抱える構造的欠陥を如実に反映していると考えます。厚生労働省の調査(令和三年)によれば、介護職員の約70%が利用者や家族からのハラスメントを経験していると回答しています*1

 

▼資料P.6より引用

 

国が処遇改善による賃金引き上げを急いでも、現場から人が離れ続ける本質的な原因は、賃金の低さだけではなく、現場に蔓延するハラスメント(主に、カスタマー・ハラスメント、モラルハラスメント、セクシャルハラスメント)と、それを助長する管理側の「事なかれ主義」という「システムエラー」にあると考えます。むしろ、管理側の「システムエラー」が放置されていることが大きな問題であると考えます。

 

1. ハラスメントを増幅させる「成功者はさらに成功する」構造

介護現場で一部の利用者が暴言や理不尽な要求をエスカレートさせる背景には、システム思考における「成功者はさらに成功する(Success to the Successful)」という原型が存在します。管理者が「苦情の沈静化」を優先して理不尽な要求を一度でも受け入れると、その利用者は「攻撃すれば得をする」という成功体験を学習します。このフィードバックループが回るほど、加害者の発言力は増し、正論で対応しようとする専門職のOS(ルール)は組織内でエラーとして処理されるようになります*2

 

2. 管理側の「事なかれ主義」というリスク

ハラスメントの真の深淵は、加害者個人の資質ではなく、それを管理できない組織側にあります。法的には、事業者には職員が安全に働ける環境を整える「安全配慮義務」があります。ハラスメント加害者と被害職員を密室(送迎車内など)に配置し続ける、あるいは対応を統一せず現場に丸投げする行為は、この義務の不履行です。

 

「穏便に」という短期的な意思決定が、長期的な「組織の崩壊」という莫大なコストを招いている事実に、多くの管理者は無自覚だと考えます*3

 

3. 解決策:システムとしての「判断衛生」の実装

この構造から脱却するためには、以下の三つのプロセスが必要です。

 

アルゴリズムによる判断

個人の裁量が介入できない仕組みを作ること。人間による判断には、その日の体調や相手の威圧感によって結果が変動する「ノイズ」が不可避に混入します。これを防ぐには、判断のプロセスを「数式(アルゴリズム)」へ置き換える必要があります。例えば、リハビリ機器の実施時間において「声の大きい利用者に長く当てる」といった温情や忖度を排除し、

(T:一人あたりの時間、Ttotal:総稼働時間、Tfixed:特定疾患等の固定枠時間、N:調整対象人数)といった計算式を明文化し、共有します。「計算で決まっているので変更できない」という状態を作ることは、職員を理不尽な交渉から解放し、組織の公平性を物理的に担保する防壁となります。

 

物理的隔離のプロトコル化

ハラスメントが予見される場合、特定の職員と利用者の接触を機械的に遮断する配置ルールを徹底します。これは感情的な「好き嫌い」の隔離ではなく、機械設計における「インターロック(安全装置)」と同じ考え方です。過去に威嚇行為があった、あるいは拒絶設定がなされている場合、システム(配車・担当表)が自動的にその組み合わせを「不可」と判定するプロトコルを確立します。「被害者と加害者を密室(送迎車内など)にしない」というルールを個人の配慮に頼らず、運用の標準仕様(デフォルト)として組み込むことで、組織としての安全配慮義務を実効性のあるものにします*4

 

事中報告から事後検証への移行

現場での「その場しのぎ」を禁じ、すべての不当要求をログとして記録し、組織全体で対応を統一すること。現場で発生した不当要求に対し、その場の判断で迎合することを禁じます。ハラスメント事案はすべて「エラーログ」として記録し、事後に管理者を含めた多職種で検証した上で、組織としての統一回答を決定する「判断衛生(Judgment Hygiene)」を導入します。 リアルタイムの対応は恐怖やプレッシャーによるバイアスがかかりやすいため、一度「保留(データの棚上げ)」を行い、冷静な外部メモリ(会議体・記録)を介して処理します。これにより、職員による対応のバラツキ(ダブルスタンダード)を根絶し、組織全体で一貫した「境界線」を維持することが可能になります。

 

管理者の「事なかれ主義」を見抜く…面接・見学時のチェックリスト

1. カスタマー・ハラスメントの定義

問い: 「利用者様からの暴言や理不尽な要求に対し、組織として明確な定義やマニュアルはありますか?」

 

監査基準: 「相手は高齢者だから」と個人に耐性を求めるのはNG。具体的な「禁止行為」が言語化されているかが合格ラインです。

 

2. 具体的な介入実績の有無

問い: 「実際にハラスメントが発生した際、管理者は具体的にどのような介入(家族への説明や契約条件の再確認など)を行いましたか?」

 

監査基準: 「担当を変える」だけで終わらせず、組織として加害者に「NO」を突きつけた実績があるかを確認します。

 

3. 安全と満足度の優先順位

問い: 「職員の安全(メンタル・身体)と利用者の満足度が対立した場合、最終的にどのような基準で判断を下しますか?」

 

監査基準: 「まずは利用者の話を聴く」一辺倒は事なかれ主義。職員の安全を「最優先事項」と即答できるかが重要です。

 

4. ルールの明文化(掲示物)の観察

観察点: 壁に「サービス利用のルール」や「禁止事項」が、数値や事実に基づき掲示されているか。

 

監査基準:精神論(例:「笑顔で接しましょう」)ばかりで、システム的なルール(例:当施設で行うのは、入浴介助、食事介助など、自立支援および機能維持に関するものであり、それ以外の私的な雑用[買い物の依頼、私的な連絡の取り次ぎ等]は契約外です)がない現場は、感情論に支配されます。 

 

5. 送迎配置の決定プロセス

問い: 「利用者様との相性やトラブルが予見される場合、誰がどのように送迎や担当の配置を決定・変更しますか?」

 

監査基準: 「現場で話し合って」は無責任な丸投げです。管理者がリスクを把握し、責任を持って配置を固定・隔離する体制があるかを見ます。

 

6. 離職理由の分析手法

問い: 「直近で退職された方の理由を、組織としてどのように分析し、その後のシステム改善にどう活かしましたか?」

 

監査基準: 「個人の適性がなかった」と片付ける組織は、構造的なエラー(ハラスメント放置)を永遠に修正できません。

 

7. 指示の統一性(ダブルスタンダードの有無)

問い: 「スタッフによって対応が違うという利用者様からの指摘に対し、具体的にどのような手法でサービスの標準化を図っていますか?」

 

監査基準: 「個人の裁量」を言い訳にする現場は、判断のノイズだらけで、正論を言う職員が損をします。

 

8. 記録の質(事実と感情の分離)の観察

観察点: 申し送りノートや記録。事実(Fact)と、職員の感想・感情(Sentiment)が明確に切り分けられているか。

 

監査基準: 愚痴や主観が混じる記録は、知的な管理がなされていない証拠です。構造的な理解を妨げるノイズとなります。

 

9. 外部連携への交渉力

問い: 「利用者の過剰要求が続く際、担当ケアマネジャーに対し、サービスの停止や契約解除を視野に入れた交渉を行うことは可能ですか?」

 

監査基準: 契約解除を「あってはならないこと」とタブー視する組織は、職員を使い捨てにするリスクが高いです。

 

10. 管理者の現場プレゼンス

観察点: 見学中、現場で大声や不穏な空気が生じた際、管理者が事務所から即座に出てきて割って入るか。

 

監査基準: 見て見ぬふりをする、あるいは事務所に閉じこもっている管理者は、現場の「防壁」として機能していません。

 

結び

現場の持続可能性を支えるのは、管理者の主観的な配慮ではなく、公平な基準に基づくシステムの安定です。専門職が「ルールの範囲内で誠実に職務を遂行すること」により、組織によって正当に評価・保護される現場こそが、ハラスメントというノイズを遮断します。境界線が明確な環境であって初めて、専門職はその能力を最大限に発揮し、利用者への真の貢献が可能となります。

 

参考書籍

アルゴリズム思考術:問題解決の最強ツール 

NOISE 上 組織はなぜ判断を誤るのか?

NOISE 下 組織はなぜ判断を誤るのか?

システム思考をはじめてみよう

失敗の科学