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福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、九州北部を中心にNikon D750をメイン機として史跡を撮っています。詳しい撮影場所は各記事に座標値として載せていますので、座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで撮影場所が表示されます。参考にされてください。

どうして福岡県うきは市には美しい景観があり、きれいな湧き水がでているのか?

下の写真は耳納(みのう)連山のふもとにある「浮羽稲荷神社」から眺めた筑後(ちくご)平野です。山の斜面にずらっとならぶ真っ赤な鳥居とともに、はるかかなたまでひろがるまったいらな平野が印象的な風景です。

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場所:福岡県うきは市浮羽町流川

座標値:33.323416,130.791319

 

いっぽう、福岡県うきは市に清水寺(せいすいじ)という臨済宗のお寺があり、この境内にきれいな湧き水がでています。清水寺の南側に位置する耳納(みのう)山地にしみこんだ雨水が、山麓部各所からわきだしているようで、そのうちのひとつが、ここ清水湧水(きよみずゆうすい)として知られています。

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場所:福岡県うきは市浮羽町山北
座標値:33.328883,130.812230

 

これらの2つの名所は福岡県うきは市の、ほぼ中央部である「うきは市浮羽町」にあります。うきは市の南半分は600m~800m級の山々がつらなり、北半分は平野となっていて平野には水田がひろがっています。うきは市の山野部と平野部との、ちょうどさかい目にあたる箇所に2つの名所があることになります。

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水田がひろがる、うきは市の北側

うきは市の南側にある山地は、耳納(みのう)連山の東端にあたります。 耳納連山は西側から東側へ、高良山(312.3m)、耳納山(367.9m)、発心山(697.5m)、鷹取山(802m)と、1000m未満の山々が約30kmにわたって連なって形成されています。

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下の写真は、うきは市の北側から眺めた耳納連山です。平らな筑後平野のむこうがわに切り立った山脈がそびえており、まるで屏風のようです。

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この連山は大むかしの火山から噴出した火山岩が堆積してできており、さらに断層運動により地面が隆起し、このような切り立った連山となっています(参照:政府地震調査研究推進本部 水縄断層帯)。

 

その断層とは、「水縄(みのう)断層帯」と呼ばれています。水縄断層帯の南側に位置する耳納連山が、断層運動により相対的に隆起しつづけています。耳納断層帯の主な断層活動は約1万4千年ごとにおき、活動ごとに約2mの隆起が生じています(参照:地震本部 耳納断層帯 断層帯の過去・将来の活動)。

 

耳納連山にふった雨は火山岩のすき間に入り込み、地下水としておおよそ下の衛星写真(黄色矢印)のような流れに沿って移動しています。

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このように移動した地下水は断層と予想される場所から湧きだしていると考えられます。水は地下を浸透する間に濾過され不純物がとりのぞかれ、同時に火山岩にふくまれるミネラルが加わります。

 

水量・水質
湧出量は一日七百卜ン余り、年中殆ど変化なし。 背後に地下流域八十ヘクタールに及ぶ涵養(かんよう)域をもつ。湧水口が小裂力で、流水量が制限されているため水量が安定してい る。又循環速度が速く、地下滞留期が短く、安定した水量であり、水質汚濁をきたさない。 水温は十七度、電気伝導度百三製、無色、 透明、無味、 無臭、酸性度{PH六,九で水質は極めて良好。(清水湧水 案内板)

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うきは市の代表的な湧き水が「清水湧水(きよみずゆうすい)」で、他にも湧き水のある場所がないか調べてみると「やまどん湧水(福岡県うきは市浮羽町山北2212)」ぐらいしか調べられませんでした。しかしおおくの涵養(かんよう)域をもつ地下水であるために、清水湧水・やまどん湧水以外にも、断層の沿った場所で湧きだしている地下水はあると考えられます(参考:鯖江断層と湧水群

 

耳納連山が火山岩によってできたものに対し、筑後平野は筑後川によって運ばれた砂や粘土によりできました。(参照:PDF地理的特徴の分析を通した農作物の景観特性 永田航著)。正確にいえば、筑後平野は筑後川の氾濫によってできたといえます。このように河川の氾濫によって形成された平野は「氾濫原(はんらんげん)」といい、筑後平野のほかには、石狩川周囲(北海道)、利根川周囲(埼玉県)、信濃川周囲(新潟県)、淀川周囲(大阪府・京都府)などがあります(参照:wiki-氾濫原

 

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福岡県朝倉市杷木寒水ふきんから眺める筑後川

砂や粘土によってつくられた筑後平野には適度な保水力と、豊富な栄養源があり、水田耕作に向いていました。そのため、広大な平地に水田が広がり、そして民家が建ち、美しい景観ができました。

 

うきは市には、火山岩でできた耳納連山と、ゆたかな土壌をはこんできた筑後川があったために、美しい景観ときれいな湧き水に恵まれていると考えられます。