日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、九州北部を中心にNikon D750をメイン機として史跡を撮っています。詳しい撮影場所は各記事に座標値として載せていますので、座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで撮影場所が表示されます。参考にされてください。

求菩提山(くぼてさん)登山 福岡県豊前市大字求菩提

2021年2月7日(日)に、福岡県豊前市にある求菩提山(くぼてさん)に登りました。求菩提山のいただきには社(国玉神社上宮)が建てられており、ここに拝観したいとずっと感じていました。2017年に放送されたNHKの日曜美術館でカラス天狗が紹介されており(参照:鬼・天狗〜異形を訪ねる旅)、カラス天狗が住むといわれる求菩提山の雰囲気がどのようなものなのか、わたしも実際にその空気をかんじたいと思っていました。

 

2月7日の朝7時ごろに、求菩提山ふもとの「求菩提山 第一駐車場」につきました。この駐車場は無料で、車も30台以上とめられ、トイレもついている広い駐車場です。

 

求菩提山 第一駐車場:Google map

 

この駐車場から南西へのびる道路があります。この道路を170mほどすすむと、求菩提山登山口(座標値:33.536208,131.016104)をみつけることができます。

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この登山口は求菩提山の南東側からアプローチするものです。今回の求菩提山山頂への登山ルートは赤破線であらわしています。

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他にも求菩提山への登山口はあるようです。他の登山口というのは求菩提山の北側からアプローチするもので、その登山口は(座標値:33.542933,131.010815)にあります。上の図でいうと「北側登山口」の地点です。北側登山口から登るほうが、歩く距離がすくなく、登る高さもすくなくてすむようです。

 

今回、赤破線のルートを選んだ理由は、このルートに沿ってかつて山伏が修行したといわれる5つの岩窟(がんくつ)があるためです。この岩窟もみてみたく、あえて長いルートを選んでみました。

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登山口から分岐①までは、杉林にある急登をひたすらのぼっていきます。ところどころに、人工的につくられた石階段があります。分岐①からは北側へと続く登山ルート(青破線)と、南西へと続く登山ルート(赤破線)にわかれます。

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分岐①からは、南西へと続くルートに歩をすすめました。下の写真は、分岐①から南西へと続くルートをながめたものです。右手側に切りたった断崖がそびえています。断崖のところどころから地下水がしみでて、したたり落ちています。

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この南西ルートを歩いていると、約430mもの間、右手側に断崖がそびえることになります。落石に注意が必要です。また、この断崖の各所に山伏たちがこもったといわれる岩窟をみることができます。

 

分岐①から約40mほど南西へすすむと、いちばん目の岩窟である「吉祥窟(きっしょうくつ)」があります。(おおよその座標値:33.5394478,131.014267)

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吉祥窟

 吉祥窟の前にたてられている案内板には、むかしの絵図が掲載されており、その絵図には岩窟の前に庵が建てられているようです。

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庵の背後の岩壁に割れ目があり、その割れ目に「経巻」が挿入されていたといわれます。実際には経筒が岩の割れ目に奉納されていたそうで、経筒には1140年(保延六年)の銘がかかれているといいます。今から880年も昔のはなしです。

 

吉祥窟から南西へ登山ルートをすすみます。下の写真のような、「右手に岩壁、左手に杉林」というような山道です。430mちかく続くこの山道は、ほかの山ではみられないような景観をみることができます。

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これらの景観は、求菩提山が火山活動によりつくられた山で、おそらく下の写真のようなゴツゴツした岩壁は「凝灰岩(ぎょうかいがん)」により成っているものと思われます(参照:豊前市HP 求菩提山と修験道)。

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凝灰岩により成っている岩壁沿いにあるいていると「豊前市ホームページ登山コース案内」にあるように、4つの岩窟をみることができます。前記した①吉祥窟と、そのほかに②多聞窟、③普賢窟、④大日窟があります。そして、③普賢窟と④大日窟との間に「普賢の滝」があります。

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「普賢の滝」の座標値は(33.53839,131.0121594)です。地形図でいえば、赤三角で示した場所です。

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地形図を眺めてみると、ちょうどこの場所は谷になっているのがわかります。実際の景観も下の写真のように谷になっています。

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約430mにもつづく岩壁横の山道を通りぬけ、求菩提山の稜線へとのぼってゆきます。稜線へとのぼるルートには、下の写真のように手作りの木製手すりが設置されています。ひとけのない登山道ではあるものの、このような人のぬくもりが感じられるものがあると、安心感がわいてきます。

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 求菩提山の稜線へとたどりつくと、そこには「胎蔵界(たいぞうかい) 護摩場(ごまば)跡」があります。この場所は求菩提山の南西にある山へと続くルートと、求菩提山山頂へと続くルートとの分岐となります。

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護摩場跡とはいうものの、火をたいて仏様にいのる場をおもわせるような史跡は残っておらず、登山ルートにあるふつうの休憩場のようになっています。

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護摩場跡のすぐ北東側、登山道わきに「護摩札(ごまふだ)」とおもわれる木製の札が奉納されていました。護摩札には「十月吉曜日」の文字や「求菩提秋峰…」の文字が確認されます。このことから秋峰奥駈修行にかかわるものなのではないかと考えられます。秋峰奥駈修行というのは、自然と自分を一体化させる修行なのだそうです(参照:求菩提山 宝地院HP)。

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護摩場跡をすぎると、あとは稜線にそって求菩提山山頂をめざすのみとなります。高低差はすくなく楽にあるくことができます。このあたりにくると、風に吹かれ揺らされる木々の音がだんだんと大きくなってきます。

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朝日とともに、山頂にある「国玉神社上宮」の社殿がみえてきました。

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木製の国玉神社上宮は、想像していたよりも立派でした。黒ずんだ木の壁が建物の古さを感じさせてくれます。

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社殿の神額は新しいようで、黒地に金色の文字で「国玉神社 上宮」とかかれています。やっとここにたどりついた、という思いがわいてきました。

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上宮の周囲には、いくつかの石塔が祀られていました。そのなかのひとつの石塔には、「元文三戊午八月吉祥日」と刻まれています。元文三年は1738年。江戸の鎖国時代にあたります。「大権現 御賽前」という文字も見えます。御賽前は「おさいせん」と同義と考えられ、国玉神社へ寄付した証の石塔であると想像されます。

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上宮の周囲には巨石がゴロゴロと転がっています。火山から噴出された溶岩がかたまったものと考えられます。むかしから、山頂ふきんにあるこれら巨岩をめじるしに神がおりたつといわれており、この巨岩そのものが磐座(いわくら)としてあがめられました。

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下の写真は遠方から眺めた求菩提山です。釣鐘状の山容が特徴的です。江戸時代にかかれた「求菩提山雑記」では、求菩提山山頂ふきんには「辰ノ口」とよばれる穴があり、そこからは怪しげな光が発せられ、蒸気が噴出されていた、と紹介されているといいます。

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もしかしたら江戸時代にはまだ求菩提山は活発な火山で、当時の人々はそんな火山のエネルギーに畏怖の念をいだいていたのかもしれません。そんな思いと、山中の猛々しい景観から、この山が修行場として定着していったのは自然なことだと感じられました。

 

最後に、求菩提山山頂にたどりついたとき、うれしい出会いがありました。鹿の親子にあうことができました。登山している途中から、鹿の声がたびたび聞こえてきていましたが、目視することはできませんでした。しかし、山頂についてからはっきりと、その姿を確認することができました。

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登山口から山頂まで約1時間20分の行程でした。

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