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福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、九州北部を中心にNikon D750をメイン機として史跡を撮っています。詳しい撮影場所は各記事に座標値として載せていますので、座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで撮影場所が表示されます。参考にされてください。

複雑な歴史をたどったJR折尾(おりお)駅 福岡県北九州市八幡西区堀川町

福岡県北九州市八幡西区の堀川町という場所に、折尾(おりお)駅があります。この駅は複雑な歴史をもった駅で、とても興味深かったので、その歴史を記事にしてみたいと思い焦点をあてました。

 

どのように複雑なのかというと、

①2つの鉄道会社の駅が立体交差していた

②同じ「折尾駅」のホームが2か所に分散している

という特徴をもっている点です。そうなった経緯を調べてみました。

 

もともと折尾駅は、九州ではじめて鉄道路線を開通させた「九州鉄道」会社が開業した駅でした。九州鉄道会社は「遠賀川駅-門司駅」間の路線を”第一工区”、「博多駅-遠賀川駅」間の路線を”第二工区”として開業しました。

 

今回の記事で焦点をあてる「折尾駅」があるのは第一工区です。その第一工区の一部である「遠賀川駅-折尾駅-黒崎駅」区間は、1891年(明治24年)2月28日に開業しました。

 

折尾駅が九州鉄道のなかで、どのような位置にあったのかを整理するために、すこしここで、九州鉄道がどのように線路を拡大していったのかを、ご紹介したいと思います。

 

九州鉄道の歴史は長いのですが、折尾駅と深くかかわりのある九州鉄道年間である1888年~1897年にしぼってみました。1888年は九州鉄道が設立、1897年は筑豊鉄道が九州鉄道に合併した年です。九州鉄道を筑豊鉄道が交差する駅が折尾駅です。

 

1888(明治21)年~1897(明治30)年までの線路の変遷を図にしていくと、以下のようになります。文字だけの紹介ではわかりにくいので、以下、図にして路線の拡大をご紹介します。

 

1888年は九州鉄道が設立、1897年は筑豊鉄道が九州鉄道に合併した年です。1888(明治21)年6月に九州鉄道会社が設立しました。1889(明治22)年12月11日に、博多-千歳川仮停留所が開通しました。

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1891(明治24)年4月1日、博多-門司が開通しました。

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1891(明治24)年7月1日、博多-熊本が開通しました。

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1891(明治24)年8月20日、鳥栖-佐賀が開通しました。

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1891(明治24)年8月30日、筑豊興業鉄道の若松-直方(のおがた)が開通しました。筑豊で産出された石炭を、効率的に若松の港へ運ぶためです。

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1892(明治25)年10月28日、筑豊興業鉄道の直方-小竹(こたけ)が開通しました。

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1893(明治26)年2月11日、筑豊興業鉄道の直方-金田(かなだ)が開通しました。

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1893(明治26)年6月30日、九州鉄道の黒崎から、筑豊興業鉄道の中間駅までを結ぶ短絡線が開通しました。

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1893(明治26)年7月3日、筑豊興業鉄道の小竹-飯塚が開通しました。

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1894(明治27)年8月15日、筑豊興業鉄道が「筑豊鉄道」に改称されました。

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1894(明治27)年12月28日、筑豊鉄道の小竹-幸袋(こうぶくろ)-幸袋炭坑が開通しました。

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1895(明治28)年4月5日、筑豊鉄道の飯塚-臼井が開通しました。

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1896(明治29)年4月29日、筑豊鉄道の折尾(おりお)-若松が複線化しました。

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1896(明治29)年11月21日、九州鉄道の熊本-八代(やつしろ)が開通しました。

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1897(明治30)年10月1日、筑豊鉄道が九州鉄道に合併されました。

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【日本初の立体交差駅ができた経緯】 

今回の記事で焦点をあてている折尾駅は、はじめは九州鉄道の駅のひとつでした。1891(明治24)年8月30日、筑豊興業鉄道の若松-直方(のおがた)が開通したとき、筑豊興業鉄道の「折尾駅」もつくられました。つまり、

 

・九州鉄道の折尾駅

・筑豊興業鉄道の折尾駅

 

の2つの折尾駅がありました。駅がつくられた場所も別々の場所でした。『福岡鉄道風土記(弓削信夫著)』P.62のエピソードでは以下のように紹介されています。

 

 明治24年9月5日付の『門司新報』には読者からの投書が紹介されているが、それによると、筑豊興業鉄道の直方発一番列車の折尾着が午前七時十三分なのに、九州鉄道の折尾発は同十五分で、乗り換え時間はわずか二分。興鉄の駅から高堤を斜めに登り、九鉄の駅で改めて切符を買って乗るには、少なくとも五分は必要。この日、投書の主と同じ列車で乗り遅れた者は三十七人。<各々同じ様な言を喞(かこ)ちたり>ということ。歩いて二分以上かかるのだから両社の駅は数百メートル離れていたということのようだ。

 

九州鉄道の折尾駅は現在の折尾駅舎からは東側にあったようです。いっぽう筑豊興業鉄道の駅は現在の折尾駅舎と同地点にありました。

 

その後、2つの会社の駅が数100mも離れた場所にあるのは不便ということで、共同の駅が筑豊興業鉄道の折尾駅…つまり現在の折尾駅舎がある場所に…1895年(明治28年)11月13日に開業しました。

 

新駅舎は、1F部分が筑豊興業鉄道の折尾駅、2F部分が九州鉄道の折尾駅となりました。こうして日本初の立体交差している駅がつくられたのです参照

 

わたしは駅が立体交差している様子を、残念ながら写真におさめていません。こちらのブログ『旅のカケラ-鉄道の旅日誌と撮影記録-折尾駅 1・2番のりばと6・7番のりば』でわかりやすく写真入りで紹介されているため、ご参照ください。

 

【折尾駅のホームが2か所に分散している理由】

2021年の1月2日まで、折尾駅の本駅舎から東南東へ約130m地点に、6番のりば・7番のりばと呼ばれるホームがありました。どうして本駅舎から130mはなれた場所に、ホームがあるのでしょう。 

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このホームは、Google mapで確認してみると現在は「福北(ふくほく)ゆたか線」のホームということがわかります。福北ゆたか線とはなんなのでしょう。Wikipedia-福北ゆたか線-では、”福岡県北九州市八幡西区の黒崎駅から折尾駅・桂川駅・吉塚駅を経由して同県福岡市博多区の博多駅までの66.6 kmの区間に付けられた、九州旅客鉄道(JR九州)の運転系統の愛称”と紹介されています。

 

福岡鉄道風土記(弓削信夫著)』P.63の記事によると、もともとは、筑豊地方で産出された石炭を門司港へはこぶ目的でつくられた短絡線がつくられました。その短絡線が、現在は福北ゆたか線として運用されているようです。下の図のように、1893年(明治26年)に開通し、筑豊興業鉄道の中間駅と、九州鉄道の黒崎駅をむすぶためにつくられた路線です。

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この「福北ゆたか線」の路線は折尾駅のすぐ近くをとおっているにもかかわらず、折尾駅のホームに沿ったかたちでつくられていなかったため、短絡線をはしる列車の乗客は折尾駅ホームにおりることができませんでした。それでは不便だということで、短絡線用のホームをつくることとなりました。1988年(昭和63年)のことです。この短絡線用のホームが、折尾駅の6番・7番のりばです。

 

よかとこBY九州 観光と温泉-JR折尾駅-』というサイトで、折尾駅のロータリーや6番・7番のりばの様子がわかる写真が掲載されています。また下の動画でも6番・7番のりばが紹介されています。ご参照ください。2021年1月2日から、折尾駅が新駅舎となってからは、6番のりば→Aのりば、7番のりば→Bのりば、と名称が変更となっています。


JR九州折尾駅地上ホーム/短絡線A、Bのりば

 

折尾駅は、複数の路線が交差したり、並走したり、そして路線の名称が変更されたりして、複雑な歴史をもつ駅だということが感じられました。わたしは社会人になってからは、折尾駅をふくむ路線であるJR鹿児島本線をつかうことがなくなりました。

 

そのため、この複雑怪奇な駅は構造がややこしいという印象をずっともっていました。今回折尾駅の歴史をしらべてみて、その複雑にからまった糸がすこしほどけたように感じます。