日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、九州北部を中心にNikon D750をメイン機として史跡を撮っています。詳しい撮影場所は各記事に座標値として載せていますので、座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで撮影場所が表示されます。参考にされてください。

三柱神社に祀られる二基の庚申塔 大分県杵築市大田波多方

大分県杵築(きつき)市の、波多方(はだかた)という地区に、三柱(みはしら)神社が鎮座しています。↓下の写真だと左側です。三柱神社境内に二基の庚申塔が祀られていました。

三柱神社鳥居にむかって、左側に斜面があり、ここに庚申塔や他石造物が祀られています。

 

一基ずつ庚申塔をご紹介してゆきたいと思います。

 

塔の上1/3あたりが折れていた庚申塔

二基の庚申塔のうち一基は、塔の上、1/3ほどの場所が折れていた痕が残っています。風化がとても進んでおり、像容が見えにくくなっています。

場所:大分県杵築市大田波多方

座標値:33.500376,131.575589

主尊の青面金剛像は、ひとつの顔に腕は六本あるようにも、四本であるようにも見えます。かろうじて腕の一本に弓を把持しているのと、青面金剛の頭上には月雲が刻まれているのが確認できます。

青面金剛像の両脇には二童子が見えます。

 

青面金剛の足元に目を移してみます。

正面を向いて合掌しているように見える猿が二匹、その両側に鶏とおぼしき像が、かろうじて確認できます。

塔の両側面、裏側を見ても建立年らしき銘は、確認することができませんでした。

ここで、小林幸弘氏が運営されているホームページ『国東半島の庚申塔』を参照させていただきます。「解説」の箇所に、以下のような説明がなされています。

 

塔身が二つに割れ、諸像の姿も摩滅が進んでいるため詳細がわかりにくい。
造立年も「享保卯」だけが判読でき、確定できない。

 

享保年間に建立された庚申塔で、干支に「卯」がある年…つまり1723年か、1735年につくられたものだということが推測されています。


1759年建立の庚申塔

もう一基の笠付きの庚申塔には、像容も建立年の銘も、比較的はっきりと残っています。

一面四臂(いちめんよんぴ)…つまり、ひとつの顔に四本の腕がある青面金剛が主尊で、その両側に二童子がひかえています。

青面金剛の足元には、うずくまるように座っている三猿が見え、さらにその下側に二鶏が確認できます。

庚申塔にむかって右側面に「宝暦九年 卯九月吉日」という銘がはっきりと見えます。宝暦九年は1759年、干支は己卯(つちのとう)です。

 

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以上、ご紹介した庚申塔二基が、一枚の写真におさまるよう撮ったものが下の写真です。中央の庚申塔の向こう側に、もう一基の庚申塔がみえます。

斜面の雑草は刈り取られて、神社境内が丁寧に手入れされていることがわかります。