日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、九州北部を中心に史跡を巡っています。コンパクトデジカメ(SONY DSC-WX350)で写真を撮るのが好きです。詳しい撮影場所は、各記事に座標値として載せています。座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで撮影場所が表示されます。参考にされてください。

祓川(はらいがわ)沿いにまつられる幸神さま 福岡県京都郡みやこ町犀川帆柱

福岡県みやこ町には、行橋市へ向かって祓川(はらいがわ)が流れています。この祓川が流れている近くの場所に、庚申塔が祀られているのをみつけました。

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国道496号線沿いの崖に数基の石塔がたっている

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石塔群のなかに庚申塔がある

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場所:福岡県京都郡みやこ町犀川帆柱

座標値:33.527388,130.951302

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庚申塔に向かって左側面

碑面:幸神

碑面(その他):講中 拾四人

建立年:天明元年辛丑十一月

 

天明元年は1781年、干支は辛丑(かのとうし)です。庚申講の人数が14人であったことがわかります。

 

以下は、『郷土誌 みやこ 第五号(みやこ町郷土史研究会)』P.28-29を抜粋した文章です。上記の庚申塔について説明されています。

 

ものの本によると、集落や田畑を見下ろす小高い台地などに、五穀豊穣、無病息災、悪疫退散、通行する人々の安全を守り悪霊を塞(さえ)ざる霊力もある神様。「塞の神」「才神」「幸神」などの字が当てられ、幸福をもたらす神として信仰されていた。

 

またそれぞれの集落を中心に組織される「組」や、信仰集団としての「講」など、共同で「庚申塔」を建てた。「組中」「講中」「氏子中」「講中○人」また個人の名前の碑もある。村人や英彦山参詣の通行する人々の安全と幸福を願い、講中拾四人が建てたものである。並んで、昔活躍した郷土力士「名取川吉太郎碑」、「竹廣寅吉碑」もある。

 

幸神碑の下は、旧英彦山道である。民家の玄関先を通り川に架かる土橋、芝神橋を渡り市場集落を抜け英彦山へ通じる道であった、今はその面影はない。「幸神」碑の崖下は国道が狭く、急カーブで見通し悪く交通事故多発の箇所である。拡幅工事を業者に依頼すると、祟り事故を恐れ、引き受け手がないと聞く。

 

このがけの樹木は覆い茂っている、「幸神」様も樹木に隠れている。伐採して明るくすることで、道路周辺を見渡せる、村人、集落、通行する人々、また、ドライバーの安全を見守ることができる。悪霊をさえぎる、霊力もある、幸福をもたらす「幸神」様です。

 

この庚申塔から南方へ45mいった地点から、国道496号線と県道292号線が分岐します。県道292号線が、旧英彦山道です。この道をたどって、別の庚申塔をみつけにいきました。これはまた別の機会でご紹介いたします。

 

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Googleマイマップ『福岡県の庚申塔』を随時更新しています。