日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、九州北部を中心にNikon D750をメイン機として史跡を撮っています。詳しい撮影場所は各記事に座標値として載せていますので、座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで撮影場所が表示されます。参考にされてください。

海軍の浅橋跡 大分県宇佐市長洲

大分県宇佐市には戦時中、大日本帝国海軍航空隊の部隊のひとつである宇佐海軍航空隊(うさかいぐんこうくうたい)の基地がつくられていました参照。その海軍の訓練用施設の跡が、宇佐市長洲に残っています。宇佐海軍浅橋です。駅館(やっかん)川という宇佐市を流れる川と、周防灘との境目あたりに、浅橋は設置されています。

f:id:regenerationderhydra:20220102054131j:plain

浅橋の向こうにみえるのが小松橋

場所:大分県宇佐市長洲

座標値:33.570736,131.370467

 

艦船にのせられている大型の手漕ぎボートのことを「カッターボート*1」と呼ぶそうですが、カッターボートに乗り降りするためにコンクリート製の浅橋が使われていました。

 

長さ:8.7m

幅:4.9m

高さ:6m以上

f:id:regenerationderhydra:20220102054605j:plain

水中部分は御影石となっていて、御影石の上にコンクリート製の柱をつないでいます。柱の上にさらに橋上部のコンクリート板が乗っています。橋上部の横からは、コンクリート製の階段が水面にまで降りています。

f:id:regenerationderhydra:20220102055843j:plain

ヒビのはいった橋上部には海鳥のフンがみられる



f:id:regenerationderhydra:20220102054827j:plain

f:id:regenerationderhydra:20220102055116j:plain

浅橋の道路側には堤防ができている 浅橋ふきんからは対岸の団地がみえる

f:id:regenerationderhydra:20220102055339j:plain

浅橋前の道路は幅が狭い

現在は風化がすすみ立ち入り禁止となっていますが、戦後すぐのときは、地元の漁師のかたがたによって使用されていたといいます(参照:『九州の戦争遺跡(江浜明徳著)』P.167-168)

 

ここを訪れたのは2021年12月31日です。おそらく正月にむけての行事のために、おおくの漁船には大漁旗がはためいていました。

f:id:regenerationderhydra:20220102060409j:plain

f:id:regenerationderhydra:20220102060548j:plain

 

*1:船舶間や陸上との連絡、物資の小運搬、遭難者の救助、緊急時の脱出などに用いられ、目立つように白色に塗られているものも多い参照