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福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、九州北部を中心にNikon D750をメイン機として史跡を撮っています。詳しい撮影場所は各記事に座標値として載せていますので、座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで撮影場所が表示されます。参考にされてください。

小倉陸軍病院があったことを示す石碑 福岡県北九州市小倉南区春ケ丘

北九州歴史散歩 豊前編(北九州市の文化財を守る会編)』P.120に、小倉南区にかつてあった軍の病院のことが紹介されています。病院の名前は小倉陸軍病院で、のちに小倉衛戍(えいじゅ)病院に改称されます。現在は小倉医療センターとなっています。小倉医療センターの敷地内に、小倉衛戍病院があったことを示す石碑がたてられています。この石碑を写真におさめにいきました。

 

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場所:福岡県北九州市小倉南区春ケ丘

座標値:33.849428,130.882933

 

衛戍病院…武器をもって守るための病院…という名前のとおり、戦争の負傷兵がはこびこまれ、ここで処置を受けていました。

 

旧陸軍病院の国立病院機構小倉医療センター(北九州市小倉南区)で、日中戦争などで負傷した兵士から摘出した銃弾や砲弾片約250点が見つかった。氏名や所属部隊、階級、負傷場所を記録したメモも残っていた。専門家は「医療的に摘出された銃砲弾が大量に見つかった例はない。戦争の痛みを生々しく伝える貴重な史料」と評価する。現在、陸上自衛隊小倉駐屯地(同区)が保管し、保存と活用方法を検討している(引用:戦争の痛み伝える250発 負傷兵から摘出の銃弾発見 小倉医療センター|【西日本新聞me】

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小倉衛戍病院碑のすぐとなりにある小倉陸軍病院の碑

1894年(明治27年)から1895年(明治28年)にかけておこなわれた日清戦争後、日本陸軍はロシアに対する警戒から、小倉にも陸軍の駐屯地を築いたそうです。そのひとつの施設として小倉陸軍病院もつくられました(参照:北九州歴史散歩 豊前編(北九州市の文化財を守る会編)P.120)

「小倉陸軍病院」が現在の「小倉医療センター」になるまでの略歴参照を下に示します。

 

●1875年(明治8年)

小倉営所病院として小倉城内三の丸に開設

 

●1888年(明治21年)

「小倉衛戍(えいじゅ)病院」に改称

 

●1899年(明治32年)

現在地である小倉南区春ケ丘に移転

 

●1945年(昭和20年)

「国立小倉病院」に改称

 

●2004年(平成16年)

「独立行政法人国立病院機構小倉病院」に改称

 

●2008年(平成20年)

「独立行政法人国立病院機構小倉医療センター」に改称

 

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これらふたつの石碑は医療センターの敷地正面からはいって、右側の植樹帯に建てられています。↓下の写真右側に、車がとおっていける道がみえます。この道の奥に駐車場がありますが、駐車場の手前右側の植樹帯に石碑をみることができます。

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