日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、九州北部を中心にNikon D750をメイン機として史跡を撮っています。詳しい撮影場所は各記事に座標値として載せていますので、座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで撮影場所が表示されます。参考にされてください。

墓地のかたすみに祀られる庚申塔 大分県国東市国見町野田

2021年4月11日(日)に、大分県国東(くにさき)半島の国見町を中心に庚申塔をさがしにいきました。今回ご紹介する庚申塔は小さな墓地のいっかくにまつられていました。

 

場所:大分県国東市国見町野田

座標値:33.648242,131.590928

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数基の石塔がたてられているなかに、一基、青面金剛像がきざまれているものがあります。庚申塔は、笠つきであることと、やや上方に注連縄がしめられているところが、墓石とは異なっている箇所です。

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庚申塔を正面からみると、やや右側にかたむいているようで、塔の表面はかなり凸凹とし風化がすすんでいることがわかります。主尊の青面金剛像は一面四臂(いちめんよんぴ:一つの頭に四つの腕がある)のようにみえます。

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青面金剛の足の下には薄気味悪い笑みをたたえた邪鬼がうずくまっています。その両側には二童子がひかえます。

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邪鬼の下側には見ざる聞かざる言わざるの三猿がお互い向かい合わせとなるように座っている様子がきざまれています。三猿のさらに下には水鳥のような様相の二羽の鶏がきざまれています。

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青面金剛は頭の上になにか覆いのようなものをかぶっているように見えますが、これはなんなのでしょう?小林幸弘氏のホームページ(国東半島の庚申塔)を参照させていただくと、これは輪光と紹介されています。

 

総高160cmのすらりと均整のとれた塔には、輪光を背に邪鬼を踏む一面四臂の青面金剛が姿を見せている

 

注連縄とかぶってしまってよくみえませんが、青面金剛の背面には丸い円が刻まれているようです。

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庚申塔にむかって左側面にはかすかに「二月吉日」という文字が読み取れます。しかし、もうほとんどかすんでみえなくなっており、判読できるのは時間の問題という感じです。

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庚申塔にむかって右側面には文字らしきものは確認することはできませんでした。しかし、ここでまた小林幸弘氏の「国東半島の庚申塔」を参照させていただくと、この庚申塔の建立年が宝永八年、つまり西暦1711年としています。もしかしたら、庚申塔の右側面に以前は「宝永八年」の文字がきざまれていたのかもしれません。

 

この庚申塔は電子書籍『国東半島の庚申塔 (小林幸弘著)』Kindle位置番号231/246にも以下のように紹介されています。

 

一面四臂の青面金剛は頭巾姿で、輪光を背にして立つ。踏みつけられた邪鬼の表情が笑顔に見えるのは気のせいだろうか。三猿、二鶏もさりげなく自己主張をしているようで、存在感は十分。宝珠を載せた寄棟造りの笠の隅が欠損しているのが惜しい。塔身に注連縄をぐるりと巡らし、その間に御幣を挟むように供えるのは、他の多くの庚申塔でも見られる一般的な祀りかたとなっているらしい。