日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、九州北部を中心にNikon D750をメイン機として史跡を撮っています。詳しい撮影場所は各記事に座標値として載せていますので、座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで撮影場所が表示されます。参考にされてください。

上上津役(かみこうじゃく)に鎮座する愛宕(あたご)神社 福岡県北九州市八幡西区下上津役

『北九州の史跡探訪』(北九州史跡同好会)という冊子に目をとおしているとP.196に「下上津役周辺の愛宕神社」が紹介されていました。「下上津役」というなんとも読みにくい漢字ですが、これで、「しもこうじゃく」と読むそうです。「こうじゃく」という音はむかしから聞くには聞いていましたが、こういう漢字をかくことは史跡巡りをはじめてからである最近、知ることとなりました。

 

上津役(こうじゃく)という名前がつく地名は「上上津役」「町上津役」「下上津役」というものがあり、「上」や「下」がつらなっており、なんともややこしい地名です。

 

愛宕神社は八幡西区の下上津役2丁目に鎮座するちいさな神社です。

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場所:福岡県北九州市八幡西区下上津役2丁目

座標値:33.826821,130.741041

 

県道281号線沿いに一の鳥居があります。国道からは不自然に斜めに鳥居が設置されており、愛宕神社の参道も国道に対して50°ほどななめにのびています。むかしからある愛宕神社はそのままに、国道が後に建造されたという印象をもちます。

 

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二の鳥居には「明治十二年」の銘が刻まれています。この時代には愛宕神社は存在していたわけなのですが、地図上には鳥居のマークは掲載されていません。

 

今昔マップで大正十一年ごろの下上津役付近の地図をみてみると、この愛宕神社がある場所は田んぼのなかの小さな集落の端にあたることがわかります。そして愛宕神社のすぐ南側に「遠賀水道」と書かれた、おそらく、水路がながれていたようです。

 

愛宕神社といえば、火災除けの神さまが祭られます参照。ここ下上津役の愛宕神社でも祭神が「カグツチの命(みこと)」。火の神さまです参照。また、火の神さまと同時に猿田彦命(さるたひこのみこと)も祭られています。

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実は愛宕神社に参拝したのは、このみちしるべの神さまである猿田彦大神が祭られているということは、もしかしたら庚申塔もまつられているのではないかとおもったからです。

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わたしにとっては残念ながら、参道や境内には庚申塔の姿をみることはできませんでした。しかしどうして愛宕神社に火の神さまと猿田彦大神がまつられているのでしょう?

沖縄を除く日本各地に愛宕(あたご)という名のつく山があり参照、これらの山々で愛宕修験と呼ばれる信仰がひろがったといわれています参照。愛宕修験のなかででてくる神さまが、天地をひっくりかえすほどの神通力をもっているといわれる愛宕権現、愛宕太郎坊です参照

 

愛宕太郎坊は天狗の容姿をしており、東京都港区の愛宕神社 では、愛宕太郎坊は猿田彦の化身とされています参照。道先案内の神さまである猿田彦大神が、いっけんなんの関係もなさそうな愛宕神社に祭られている理由は、愛宕修験という信仰がカギとなっているようです。

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庚申塔は愛宕神社にてはみつけられませんでしたが、美しい藤棚をみることができました(2021年4月18日時点)。