日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、九州北部を中心にNikon D750をメイン機として史跡を撮っています。詳しい撮影場所は各記事に座標値として載せていますので、座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで撮影場所が表示されます。参考にされてください。

旧若松市をうるおしていた貯水池にのこる史跡 福岡県北九州市若松区大字小石

以前から『北九州歴史散歩』の「豊前編」を拝読しながら、北九州市の史跡をめぐっていました。わたしの趣味にどはまりの書籍で、ここしばらくお世話になっておりました。

 

2020年12月5日に『北九州歴史散歩 筑前編(北九州市の文化財を守る会編)』が発行されました。「筑前編」では若松区、八幡東区、八幡西区、戸畑区…という、わたしにとってはとても興味深い地域の史跡が各所 紹介されており、さらに史跡探訪欲がかきたてられます。またしばらく、「筑前編」のおせわになり史跡巡りをしていくとおもいます。

 

さっそく、『北九州歴史散歩 筑前編(北九州市の文化財を守る会編)』P.21に紹介されていた、史跡「菖蒲谷貯水池の取水入口」をたずねてみました。

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菖蒲(しょうぶ)谷貯水池は、北九州市が成立するまえの時代につくられた貯水池です。北九州市が成立するまえは、北九州市若松区は若松市として、ひとつの”市”としてなりたっていました。

 

若松市がつくられたのが1918年(大正7年)で、北九州市若松区となったのは1963年(昭和38年)のことです。数えてみると、わずか45年間だけ存在したことになります。

 

若松市がつくられてから7年後の1925年(大正14年)に、この菖蒲谷貯水池がつくられました。その目的は約6万人におよぶ若松市の住人に水を供給するためです参照

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若松市に供給するための水は、この菖蒲谷貯水池ができるまでは、なんと洞海湾(どうかいわん)をこえた「八幡製鉄所の鬼ケ原貯水池」から水をわけてもらっていたといいます参照。湾の向こう側にある貯水池から、浄水施設を経由し、海底送水管をへて若松市へ水がはこばれていたのですね。

 

なにはともあれ、菖蒲谷貯水池ができてからは1日あたり1400㎥の水が若松市へ供給できるようになりました(参照:『北九州歴史散歩 筑前編』P.21)。

 

若松市へ水を供給するときに使用されたのが、この堰堤(えんてい)下にある取水口なのですね↓

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場所:福岡県北九州市若松区大字小石

座標値:33.909985,130.783110

 

取水口入口は、現在では小さな公園の西側にあります。取水口自体は↓下の写真のように頑丈な鉄の扉に閉ざされていて、直接みることができません。

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扉のすきまから中の様子をみることができます。中を覗くと、取水口をみることができます↓ アーチ型となったレンガのトンネルが堰堤の下へとずっとのびているようです。

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そしてそのトンネルのなかを太い鉄のパイプがはしっています。これは送水管でしょうか。送水管はかなりさびついています。

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トンネル入口の上部をみてみると、みたところ石製の看板のようなものが掲げられています。はっきりとは読み取れませんが「菖蒲谷貯水池」とかかれているようにみえます。

 

トンネルから一歩身をひいて、外側の鉄扉上部をみてみます↓ 雑草におおわれてみえにくくなっていますが、赤丸でかこんだ部分に旧若松市の市章がうめこまれています(参照:『北九州歴史散歩 筑前編』P.21)

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この取水口入口を構成しているレンガは鉱滓煉瓦(こうさいれんが)です。鉱滓煉瓦というのは鉄をつくるときにできる副産物(滓”カス”)をつかって作ったレンガのことです参照

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この鉱滓煉瓦というのは、たくさんの鉄をつくってきた街ならではの、”資源の有効活用”から生まれたもののようです。

 

地形図をみると、取水口から東方面へ水路がのびているのがわかります。現在は菖蒲谷池の脇から水路へと水がながれこんでいるようですが、もしかしたら、むかしは取水口からこの水路へ直接水がながれていたのかもしれません。

 

そしてこの水路は取水口から約770mすすんだ地点で暗渠となっているようです。むかしは菖蒲谷貯水池から流れ出た水は、市民の生活水として利用されるため、各所へ分けられていたと考えられます。現在は工業用水として利用されているようなので、この暗渠の先は、どこにつづいているのか調べてみるのもおもしろいと思います。

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もし暗渠の先がどこにつながっているのかわかったら、またご紹介したいとおもいます。