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福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、九州北部を中心にNikon D750をメイン機として史跡を撮っています。詳しい撮影場所は各記事に座標値として載せていますので、座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで撮影場所が表示されます。参考にされてください。

海難事故でなくなったかたを弔う石地蔵 福岡県北九州市若松区赤崎町

福岡県北九州市若松区の北東部に赤崎という地区があります。むかし北九州市若松区がまだ若松市であった時代、このふきんはまだ埋め立てられていませんでした。

 

そして地点(33.919702,130.786896)、地名として”福岡県北九州市若松区赤崎町”の場所は、小石がひろがる海岸で荒い波がうちよせる海岸だったそうです。沖は岩礁があり、そんな場所で海難事故にあったかたがたの死骸がたびたび赤崎地区の海岸にはうちあげられていたそうです。

 

うちあがられられた死骸をとむらうために、地元のかたがたが石地蔵をまつるようになりました。↓下の写真は2020年時点での石地蔵がまつられている風景です。以前はもっとたくさんの石地蔵がまつられていたそうです。

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場所:福岡県北九州市若松区赤崎町

座標値:33.919702,130.786896

 

国土地理院地図で若松区赤崎の場所を確認してみます↓

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地理院地図に、むかしの海岸線であったであろうところに赤線でしるしをつけています。まさに陸の端っこの場所に石地蔵はまつられていたことがわかります。赤崎町の周囲には”小石”という地名がのこっています。”小石”という地名は、このふきんの海岸にたくさんの小石があったことからつけられた…と地元のかたから聞きました。

 

おもしろ地名北九州事典(瀬川負太郎著)』P.252-253には、その他の小石という地名の由来がかかれています。

 

小石は昔、この海岸の石浜を越えて通ったことから越え石、それが小石になったと筑前国続風土記。

 

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石浜を越えて通ったというのはどういうことでしょう?地元のかたの話によると、↑上の写真のように小石という地区から東へむかって、海岸に沿って小さな道がのびていたそうです。波が荒く、道に波がかぶることが多々ありました。波にかからないよう、波のタイミングをみはからって、地元の人は小道をとおっていたそうです。

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↑想像しにくいですが、現在のこの道の右側(北側)は荒波のうちよせる海、左側は岩壁、そしてその間に小道がはしっていたということです。(地点33.919628,130.786285で撮影)

 

この海岸線は、東小石から白砂の浜をへて西小石へと続き、それからウネウネとくねった海岸線の道は、真っ赤な岩肌群を見せる赤石から、不思議に一転して漆黒の岩肌群の黒岩を通り、脇ノ浦の手前の白岩に至る。小さな時から、この海岸線を通るたびに赤・黒・白のコントラストに感嘆し、自然の造形の見事さに恐れさえ抱いた事である(引用:『おもしろ地名北九州事典(瀬川負太郎著)』P.252-253)

 

 昔の地形図をながめていると、赤崎という場所はちょうど窪んだ小さな湾のようになっています。そのために、海難事故にあったかたの死骸がながれつきやすかったのかもしれません。

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