日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、九州北部を中心にNikon D750をメイン機として史跡を撮っています。詳しい撮影場所は各記事に座標値として載せていますので、座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで撮影場所が表示されます。参考にされてください。

『ロバート・キャパ展 -THE FACE-』で感じたこと 福岡県田川市新町

2019年12月8日(日)に、田川市美術館で開催されている『ロバート・キャパ展 -THE FACE-』へ行ってみました。

 

田川市美術館の場所:福岡県田川市新町11-56

 

わたしが、「20世紀 最も偉大な戦場カメラマン」と呼ばれるロバート・キャパという人物を知ったのは、NHKのテレビ番組である「日曜美術館(2013年3月3日放送『二人の”キャパ”』)」でした。

 

わたしの印象に深く刻まれた2枚の写真 

この番組のなかで紹介された最も印象に残った写真が「空襲警報 スペイン(1937年)」と題されたものです。

 

「空襲警報 スペイン(1937年)」

写真が写された場所はスペインの街の一角。母親とその子どもと思しき10歳くらいの女の子が主役として写っています。母親は女の子の手を握り、女の子をひっぱり小走りになっているようです。母親は厳しい表情で空を見ています。ぴったりと母親のあとを追う女の子の口は、ぎゅっとかたく結ばれ、視線は進む方向へと向けています。女の子の表情にも緊張感がただよっています。主役の親子の左うしろには5人の男女が立っています。写っている人の大部分は、母親と同様に、不安げに空を見ています。

 

TV番組でも解説されていますが、女の子が着ているコートのボタンはひとつ掛け違っています。まさに、空襲警報が鳴っているその場のあわただしい雰囲気が、一枚の写真からひしひしと感じられます。爆撃機や戦車や兵士が写っているわけではないのに、戦争の緊迫した雰囲気を感じ取ることができる写真です。

 

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TV番組が放送されたのが2013年3月なので、今(2019年12月)から数えると、6年9カ月も前のことになります。こんなに年数が経っても印象にのこっている写真を撮った「ロバート・キャパ」という人が、他に、どんな写真を撮っているのか?拝見してみたいと思い、福岡県田川市の展示会場へ足を運んでみました。

 

展示室は3つの部屋に分かれていました。1つ目の展示室では戦争の写真というよりも、一般の人々の日常的な場面が写された写真が多数展示されていました。

 

そして2番目の部屋…3番目の部屋…と歩を進めるほど、戦争の緊張した雰囲気を写す写真が多くなってきました。わたしの印象に深く刻まれた、親子の写真が展示されているのは、3番目の展示室でした。

 

もう一枚わたしが見たかった写真があります。

 

『Dディ(1944年6月6日)』

第二次世界大戦中、フランスのノルマンディーへ上陸するアメリカの兵士達を写した写真です。写真は大きくブレていて、写真奥に写っている鉄柱とその影に隠れている兵士達は黒い塊となってしまっています。かろうじて1人の兵士が写真の一番手前に写っているのがわかります。ヘルメットをかぶった兵士は、体を海水に浸しほふく前進をしています。兵士は苦痛とも恐怖ともとらえられる表情をうかべています。

 

 この写真が驚異的なのは、無数に飛んでくる銃弾や砲弾を背にして、兵士達と向かい合って撮ったものだということです。いつ死んでもおかしくない状況で写真を撮ろうとしています。

 

この写真は多くのことを想像させてくれます。どうやって撮ったの?撮ったときの状況(海水の冷たさ、周りの状況、音のうるささなどなど…)はどんなだったの?どうして死と隣り合わせの状況なのに写真が撮れるの?

 

たった1枚の写真なのに、こんなに想像力がかきたてられ、強い印象が残ります。映像の力とはまた違った、「写真の力」が感じられる写真だと思います。

 

 

2人の人物によってプロデュースされた「ロバート・キャパ」

日曜美術館(2013年3月3日放送『二人の”キャパ”』)」を観て、わたしが驚いたのは、ロバート・キャパが2人の人物によってつくられた人物であるということです。

 

2人の人物の出会い

アンドレ・フリードマンがロバート・キャパの本名です。アンドレは18歳のときハンガリーからベルリンへ移住します。その時についていた仕事は通信社の暗室係の助手でした。使い走りであったアンドレの人生を変えたのが、ロシア革命の指導者トロツキーの撮影です。小型カメラでアンドレによって撮影された『ロシア革命について講演するトロツキー(1932年11月27日)』は”トロツキーの体温まで感じさせる”と評され、写真家としてのデビュー作となりました。

 

写真家となったアンドレは20歳のときパリへと移住します。しかしパリでの生活は厳しく、その日の食事を調達するのにもままならず、犬の餌を盗んで食べていたこともあるといいます。アンドレは人間的には弱く、映画の世界に夢をみることもあったといいます。

 

そんな生活のなかでアンドレはゲルダ・ポホリレという女性と出会います。フランス語を覚えられず苦労していたアンドレを、ゲルダは公私にわたり支えていました。逆にアンドレはゲルダに写真術を教えました。2人は恋人という感覚以上の絆を深めていきました。

 

「ロバート・キャパ」を造る

アンドレの撮る写真はすばらしいにも関わらず、新聞社では二束三文でしか取引されていませんでした。そこでアンドレとゲルダは「ロバート・キャパ」という架空の一流写真家を造りだしました。

 

アンドレがロバート・キャパになりすまし、二人で写真を高く売ろうと考えました。この策略は大成功し、アンドレの写真は高く売れるようになりました。

 

この際の、”一流写真家”のアンドレの立ち居振る舞いや服装についてアドバイスをしていたのがゲルダといわれています。 のちのちには、ゲルダもロバート・キャパとして写真を発表してゆきます。

 

展覧会でわたしが感じたこと

わたしが展覧会に行きたかったのは、このような背景も含めて、ロバート・キャパの写真からどんなことが感じられるのかを知りたかったためです。

 

「いい写真が撮れないのはあと半歩の踏み込みが足りないからだ」

 

…と、アンドレは仲間の写真家たちに言った言葉が残っています。その言葉どおり展示されている写真一枚一枚が、被写体にこれでもかというくらい(物理的に)近い距離で撮影されているのがわかります。

 

展覧会の題名に「-THE FACE-」という副題がつけられている通り、展示されている写真には、必ず人が写っています。その多くの写真は戦争まっただなかの人々の写真です。必ずしも戦場を写しているわけではないのに、人々の表情から”戦争の緊迫感や悲惨さ”が強く感じられます。

 

そんな緊迫状態のひとびとに近距離でカメラを向ける覚悟というのが、わたしには想像しにくいものです。わたしにはそういった覚悟がもてないからこそ、写真好きにもかかわらず「いい写真」が撮れないのかもしれないとも思えます。

 

「半歩の踏み込みが足りないからだ」…とはどういうことなのでしょう?

 

物理的にも、心理的にも撮りたいと思える被写体に近づくことが必要なのかもしれません。心理的にも被写体に近づく…とはどういうことなのでしょう?考えれば考えるほど写真は深く、でもまた興味深いものだと感じられます。

 

そしてまた、写真は過去の一瞬を切り取ったものであるにもかかわらず、”心を大きく揺り動かす力がある”ということも実感しました。

 

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『ロバート・キャパ展 -THE FACE-』 田川市美術館

期間:令和元年11月29日(金)~令和2年1月26日(日)

 

参照:田川市美術館 -展示・イベント-