日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、九州北部を中心にNikon D750をメイン機として史跡を撮っています。詳しい撮影場所は各記事に座標値として載せていますので、座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで撮影場所が表示されます。参考にされてください。

宝さがしのように楽しい 【廃線】上山田線をたどる 福岡県飯塚~嘉麻市~田川郡

上山田線(かみやまだせん)は、福岡県飯塚市の飯塚駅から田川郡川崎町の豊前川崎駅までを結んでいた、JR九州の鉄道路線です。1895年4月5日から1988年9月1日までの93年使われつづけた線路で、はじめは筑豊炭田から産出される石炭を輸送する目的で敷かれました。

 

この線路跡をたどろうと思ったきっかけは、『鉄道再発見の旅』P78-81に紹介されている「上山田線」の項を拝読したことです。

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鉄道再発見の旅』P78には印象的な炭坑建造物である「三菱炭鉱第坑 レンガ組みの巻き上げ機台座」が紹介されています。巻き上げ機台座の実物写真がこちらです↓

 場所:福岡県飯塚市平恒

座標値:33.605647,130.691565

 

巻き上げ機台座から北側に約1.4㎞進むと、平恒駅跡が残っています。つまり、巻き上げ機台座がある位置では石炭が地下から引き揚げられ、そのすぐ傍にある線路上の列車に石炭が積まれ、運ばれていたということです。

 

その線路は、現在(2019年)では道路に転用されています。平恒駅は、道路わきに残っているので、道路がむかし線路であったことが容易に想像できます。

場所:福岡県飯塚市南尾

座標値:33.616952,130.684108

 

昭和63(1988)年の廃線時、上山田線は以下の図のような駅を有していました(参照:『鉄道再発見の旅』P78)。平恒駅は飯塚駅のすぐとなりの駅であったのですね。

 

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上山田線 廃線時の駅(1988年)

 『鉄道再発見の旅』P78には、”忠隈鉱のボタ山のすぐ下にあった平恒駅…”とあります。Google mapで調べてみると、確かに「住友忠隈炭鉱ボタ山」としてスポットが登録されています。忠隈炭鉱ボタ山を遠方から眺めるとこのようになります↓

一見すると何の変哲もない小山のようですが、これがボタ(捨石)なのですね。ボタ山の周囲は住宅地となっていますが、さすがに地盤の弱いボタ山には建物はありません。

 

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所を変えて、平恒駅跡からぐっと南の方へ移動してみます。平恒駅跡から南東へ約11㎞の場所には、【廃線】上山田線の線路がそのままの形で残っている場所があります。 

場所:福岡県嘉麻市上山田

座標値:33.550946,130.770300

 

廃線がそのまま残っている場所は嘉麻(かま)市の上山田という地区です。この付近には上山田駅があり、上山田駅からは三菱山田鉱へ専用線がのびていたそうです。

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上のレールが写っている写真(線路跡)から熊ヶ畑トンネルまで約2.8㎞の区間では、雑草や土砂に覆われる部分がありながらも、レールがそのままの完全な形で残っています。↓山田川に架かる鉄橋跡。 

 上山田線は山田川を渡ると、県道441号線に沿って南下します↓

 南下した先には熊ヶ畑(くまがはた)駅がありました。熊ヶ畑駅跡ふきんは、毎年10月下旬になると「トロッコフェスタ and かかし祭」が開催されているようです。昔の線路を利用してトロッコ列車が約300mを往復運転します(参照:クロスロードふくおか トロッコフェスタ and かかし祭

 

↓こちらの写真は熊ヶ畑トンネル手前の風景です。

トンネル入口にはフェンスがはられており、中に入ることはできませんでした。

この熊ヶ畑トンネルをぬけると、その先の真崎駅跡までは遊歩道となっています。

 

↓真崎側のトンネル出口。もうトンネルからでてくる箇所は、線路ではなく道路となっています。

場所:福岡県田川郡川崎町大字安眞木

座標値:33.556658,130.806161

 

真崎駅方向をながめてみます↓と、鉄道跡の遊歩道への転用が完了してます。

まだこの先に真崎-東川崎-豊前川崎と線路跡はつづきますが、わたしが上山田線をたどれたのは、時間の都合上ここまでです。真崎駅跡にはホーム跡が残っているそうです(参照:廃線探索 上山田線)。機会をつくって真崎駅には訪れてみたいと思います。

 このような廃線をたどる旅も、庚申塔(こうしんとう)を探索するのと同様に、わたしの知らない土地へ導いてくれます。同時に、その土地土地の歴史を学ぶきっかけにもなります。廃線をたどる旅も、宝さがしのようで楽しいものです。