日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、九州北部を中心にNikon D750をメイン機として史跡を撮っています。詳しい撮影場所は各記事に座標値として載せていますので、座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで撮影場所が表示されます。参考にされてください。

古代に想いをはせる 天福寺 奥の院にある木造仏を訪ねる 大分県宇佐市

九州国立博物館で以前開催されていた「六郷満山展(ろくごうまんざんてん)」。大分県 国東半島の独特な山岳仏教文化を紹介する展示会でした。その展示会会場で『大分県 国東宇佐 六郷満山展 ~神と仏と鬼の郷~』という記念誌が販売されていました。とても興味があったので購入しました。

 

そのなかに大分県宇佐市にあったという「天福寺」というお寺の紹介がされています(P25)。現在もしっかりと建物が残されているお寺ならば、わたしはそれほど興味をもたなかったかもしれません。

 

わたしが天福寺に強く興味をもったのが、残されている奥の院が辺境の地といえる場所にあったためです。天福寺奥の院は、岩山の頂上ちかくに建立されました。その現在の姿は岩山のふもとからも見ることができます。その実際の写真が↓こちらです。

おわかりになりますか?写真のちょうど中央部分。山の上あたりにぽっかりと穴があいています。ここが天福寺 奥の院があった場所です。建立された当時は奥の院周辺は、もしかしたら樹々は伐られていたのかもしれません。現在はうっそうとしています。

 

奥の院から眺めた景色がこちらです↓ 記念誌でもこれに似た写真が紹介されており、わたしはとても惹かれてしまいました。天福寺は13世紀(鎌倉時代)につくられたとされる臨済宗の寺院で、この奥の院には不動明王像をはじめ木造仏が70軀も祀られていたそうです。実際にこの場所はいつかいってみたい。

実際にいってみました。場所は以下のとおりとなります。

 

場所:大分県宇佐市黒(Google マップ

座標値:33.497738,131.283297

 

驚いたことに、すでにGoogle map上でもこの場所は登録されていました。そのため容易にナビをすることができました。登録していただいたかたに感謝です。でもどうやって登山口を見つけるのか?どこに車を停めたらいいのか?迷う部分があったので以下記録してゆきます。

 

奥の院までの登山口はこちらです

座標値:33.496425,131.284121

車一台がとおれるほどの細い県道660号線沿いにあります。上の写真だと右上へのぼっている舗装された道路が登山口となります。車はこの先70mほどまで行くことはできますが、この先で転回する場所はありません。なぜかというと土砂崩れがひどく通行が困難となっているためです。↓このような感じです。そのため登山口ふきんに広くなっている場所があるため、ここで車を停めて歩いて登ったほうがよさそうです。

わたしは結局、車をバックして戻すことになりました。

 

この土砂崩れをおこしている手前で、天福寺奥の院参道入口が右手にみえます。標識もでていますし、石塔も立っているので迷うことはないと思います。

ここから奥の院まで直線距離で110mほど、高さ60mほどを登ってゆきます。急な石段が続いています。

階段をのぼりつめたら左へ折れ、すこし岩山を時計回りにまわりこむと奥の院がみえてきます。参道のきれいな状態からみて、おそらくここを整備されているかたがおられるのでしょう。とても歩きやすくありがたいです。

窟屋がみえてきました↓右側は切り立った崖です。転落に注意しながら歩を進めます。

窟屋へたどりつくと、ひとまずそこから見える景色に心をうばわれます。なんて美し景色でしょう。ピラミッドのような形の山が目立ちます。ご飯をもったような形から、地元のかたのなかにはおぐっぱん山と呼ぶかたもいます。このあたりの山からは石灰岩が採れます。おそらく浸食によりこのような綺麗なピラミッド型の山形となるのでしょう。

窟屋には木製の格子がかけられており、このなかに木造仏が多数保管されていました。格子のなかは3つの部屋に分かれていました。

中央には不動明王坐像が祀られていました。このお不動さまは永久年間(1113~1118年)の作と推定されています。

そしてその両側の部屋にはたくさんの木彫仏が保管されていました。↓こちらの写真はお堂に向かって左側の部屋の木彫仏です。

一方、こちら↓は右側の部屋の木彫仏です。

『大分県 国東宇佐 六郷満山展 ~神と仏と鬼の郷~』P25に、これらの仏さまについて紹介されています。

 

塑像は如来坐像、菩薩立像、木彫仏は如来形、菩薩形、天部形と尊格はさまざまで、制作当初より天福寺に安置されたのではなく、かつて近隣に存在した寺院に安置されていた仏像が寺院の廃絶後に集められたのだと思われる。

 

大分県立歴史博物館が近年、放射性炭素同位体という検査をおこなったそうで、その結果から、これらの仏さまは8~9世紀につくられたものと推定されています。

 

今回の天福寺探訪は、周囲の景色の美しさと天候の良さも手伝ってくれて、印象深いものとなりました。