日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、九州北部を中心にNikon D750をメイン機として史跡を撮っています。詳しい撮影場所は各記事に座標値として載せていますので、座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで撮影場所が表示されます。参考にされてください。

探し求める庚申塔へたどりつけなかった 大分県 国見町大高島 1/2

国東半島で、ずっと探している庚申塔があり、2018年11月18日に3度目の探索へでかけました。結論から言うと現在(2018年11月)は、その庚申塔が祀られている場所へは行くことができませんでした。でも、その場所へ行くまでの行程は楽しいものであったので、ご紹介します。

 

その庚申塔とは大分県国東市国見町の大高島という地区にある庚申塔です。はじめて、その庚申塔の写真を見たのが「国東半島の庚申塔」小林幸弘著(大分合同エデュカル)のP203です。

 

小林幸弘氏の運営されているHP「国東半島の庚申塔」でも、この庚申塔については以下のように紹介されています。

 

場所:山祇社

種別:青面金剛刻像塔

主形態:青面金剛(1-6) 3猿 2鶏 2童子 ショケラ 鬼面

造立年:宝永2(1705年)

 

庚申塔には、上記のもの以外には「乙酉天十月吉日 見目村 竹田津村 中村 5人名」という文字も刻まれているそうです。

 

庚申塔の画像はこちら(国東半島の庚申塔HPより)↓

http://5884koshinto.my.coocan.jp/photo25/25092.jpg

 

庚申塔の画像を見ると、横に幅広い舟型の塔形が珍しく、そこに細かい青面金剛像や三猿などが刻まれています。きめ細やかな刻像と流線形の塔形がなんとも美しく、これに一度お目にかかりたいと思ったわけです。そう思ったのが、今年の夏(2018年8月)でした。

 

 

一度目の探索

HP国東半島の庚申塔ではこの庚申塔が祀られている場所は「山祇社(やまつみしゃ)」と書かれています。文字から察するに、山の中にある小さな神社…ではないか…。

 

そこで2018年8月4日、国見町大高島の集落中央部にある集会所に車を停めさせてもらい、それらしい神社を歩いて探すことにしました。

 

地図上では、大高島はそれほど大きな集落ではないので、「地形図を見て神社のマークをしらみつぶしに歩いていけば、まあなんとか見つけられるだろう」という軽い気持ちで始めた探索でした。

 

しかし神社は地形図でもgoogle mapでも大高島の集落内で見つけることができません。それに大高島の周りには、70m程度の山があります。低い里山とはいえ、樹々が繁茂し山の中に神社があるとしたら、とても見つけられるものではなさそうです。でも歩いていると、集落の外れ(南側)に、小さなそれらしい神社を見つけることができました。

山祇社か!と期待をこめて近づいてみましたが、鳥居をよく見てみると「稲荷宮」と書かれ、探しもとめる山祇社ではありませんでした。稲荷宮には庚申塔は見つかりませんでした。

 

稲荷宮のおおよその座標値:33.673427,131.545193

 

集落のなかで神社らしい場所はこの稲荷宮しか、見たところなさそうでした。「人に聞いたほうが早いんじゃない?」という妻の提案もあって、たまたま集会所に掃除に集まっていた地元の方々に、庚申塔について聞くことにしました。

 

元来、私は人見知りな性格なので、人と話すことにあまり抵抗のない妻が地元のかたに聞いてくれました。地元のかたの話によると、「そういう感じの像だったら、隣の谷の小高島という集落にあったと思うよ」ということでした。

そこで隣の谷の小高島という集落へと移動することとなりました。地元のかたには「ここをこうまがって、その次はこうまがって…」という感じで詳細に教えていただき、その通りに移動してはみたのですが、庚申塔はおろか、それらしき石塔も見つけることはできませんでした。

 

探索範囲が大高島と小高島のふたつの地域に広がってしまい、途方に暮れてしまったために、1度目の探索はここで打ち切りとしました。(2度目の探索も同様な感じで、庚申塔の情報を得ることができなかったので、割愛します)

 

長くなったので、3度目の探索については、次回の記事へと続きます。