日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、九州北部を中心にNikon D750をメイン機として史跡を撮っています。詳しい撮影場所は各記事に座標値として載せていますので、座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで撮影場所が表示されます。参考にされてください。

庚申塔とショケラ

くにさき史談会が発行している「くにさき史談 第九集」を読んでいると、国東半島の庚申塔にショケラと呼ばれる女性像をぶら下げる青面金剛像があるということを知りました(P9、P10)。その庚申塔がある場所は大分県国東市国東町横手小川という地区。

 

国東半島中の庚申塔についてまとめあげた小林幸弘氏の「国東半島の庚申塔」を拝見すると、整理番号「24126」に掲載されていました。

 

青面金剛の左手に小さな人が頭部をつかまれているのがわかります。拡大したものがこちら。「くにさき史談 第九集」では「腰巻半裸体の女性」と紹介されています。

ショケラとはなんなのか、気になり調べてみると「ショケラの語源」のサイトでは”青面金剛金剛が下げている女人像”と窪徳忠氏の説が紹介されています。ショケラが悪いことをするので、その髪を青面金剛が押さえつけているということ。

 

同サイトでの解説をおおざっぱにまとめると「ショケラ」とは庚申信仰ででてくる三尸虫(さんしちゅう)という虫が語源のようです。庚申信仰では三尸が悪さ、というか人間の罪悪を天帝に告げるために庚申の夜に、人間の体から抜け出すと言われているので、その行動とショケラの行動がつなげられたのでしょう。語源については同サイトに詳しく解説されています。

 

 一方、庚申塔の研究 (清水長輝著)では、P109にショケラは青面金剛の原型であるマカカラという神像のころからきているのでは?という説が紹介されています。少し長いので、その部分を箇条書きでご紹介します。

 

青面金剛が、大黒天の原型であるマカカラから出て、そのマカカラが人身を手に持っている

 

〔慧琳音義〕の一頭八手像には「左第二手、一餓鬼の頭髪を把る」と記してあり、胎蔵界曼荼羅外金剛部院にある三面六手像は[諸説不同記]によれば「次手は人髪を持つ」とある

 

青面金剛が人身を持つことは、忿怒大黒天像を参考にしてつくられたためと考えられる

 

[庚申信仰]によると福井県美浜町麻生ではこの女人像をショケラと呼んでいる

 

ショケラは少しずつ言葉が違ったりして、庚申の呪文にも唱えられるが、もとはシヤ虫やシシ虫と同じように三尸の日本的よび名であることは、同書に説明されてある

 

そうするとこの女人像は三尸をあらわしていることになるが、これはおそらくあとから結びついたものであろう 

庚申塔青面金剛像が刻まれはじめたころから人身は持たれていて、それが後に…福井あたりで…「ショケラ」と名付けられたという説なんですね。

 

日本のどの地域からショケラは出現してきたのか?はっきりとここからの発祥と断定している情報はありませんが、「ショケラの語源」のサイトを見てみると、どうも関西あたりから出てそれから北側へ伝播し、それから九州のほうへ移っていったようです。もしかしたら関西からでて、それから南北へ伝播したということも考えられます。「くにさき史談」では…

 

今のように、カメラやパソコンなど情報伝達手段のない江戸時代に、どのようにして「庚申塔」や「ショケラ」が伝播していったのだろうかと不思議でなりません。

 

…とあります。ショケラをもつ青面金剛像は多くはないものの国見町で17基、国東町で25基、武蔵町で3基、安岐町で6基見つかっているそうです。改めて調べてみると「夜叉」が刻まれる庚申塔のほうが少ないのですね。