日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、九州北部を中心にNikon D750をメイン機として史跡を撮っています。詳しい撮影場所は各記事に座標値として載せていますので、座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで撮影場所が表示されます。参考にされてください。

妙見寺磨崖仏 大分県竹田市会々

前回の記事で「山門に狛犬が祀られるめずらしい寺院」をご紹介しました。大分県竹田市にある不動院妙見寺の山門に、狛犬がすわっているという内容の記事でした。その記事の延長で、不動院妙見寺はもともと、妙見寺(東洞寺)だけであったものが、のちに岩壁に不動明王様が刻まれているのが発見され、「不動院」+「妙見寺」がくみあわさったとの旨も書かせていただきました。

 

その見つかった不動明王様の磨崖仏がこちらです↓
f:id:regenerationderhydra:20190822190926j:image

場所:大分県竹田市 大字会々

座標値:32.970500,131.388299

 

不動院妙見寺の本堂に向かって立つと、本堂の左脇の岩壁に、この磨崖仏は彫られていました。磨崖仏の周囲には屋根が作られており、風雨から守られています。磨崖仏の前には、石仏の不動明王様とともに、数体の石仏も祀られていました。

磨崖仏である不動明王様は、五角形の掘り込みのなかに刻まれています。明王様の顔のほりの深さは浅く、のっぺりとした印象を受けます。大分県南部の臼杵(うすき)にあるような磨崖仏ほど精巧なものではないようです。

 

どちらかというと、国東半島をはじめとする、大分県北部でみられる磨崖仏のように素朴な印象をうける不動明王様です。

 

『竹田は石と水の織りなす文化』(岡の里事業実行委員会 発行)P29には、以下のように不動明王様の磨崖仏について説明されています。

 

磨崖仏は子どもの姿とされやや肥満傾向にあります。不動明王は童子形とされ、犬飼石仏とも似ています。五角形の彫り込みに守られたことで、風化を免れたようです。竹田市に残る浮き彫りの磨崖仏では最も大きく、立派な石像です。

 

不動院妙見寺の本堂は、標高255mほどの高台につくられています。妙見寺磨崖仏の前からは豊後竹田駅をはじめ、竹田の街並みが一望できる眺めのよい場所でした。

 不動院妙見寺を下から見上げた写真です↑

 

妙見寺磨崖仏のほかにも、岩壁には↓下のような穴が彫られていました。穴には石仏が刻まれていたような跡はないために、もしかしたら、この穴に小さな石仏が以前に祀られていたのかもしれません。

最後に、この妙見寺磨崖仏が見つけられたときの伝説を、『竹田は石と水の織りなす文化』(岡の里事業実行委員会 発行)P29より抜粋します。

 

伝説によると岡藩4代藩主 久恒の時に鷹狩りが行われ、鷹が逃げたので探すと廃寺の東洞寺の松の梢に止まっていました。東洞寺は今の妙見寺です。そこに不動明王、つまり磨崖仏があったのでした。藩主はこのことから不動院を建てて、藩の祈祷所にしました。その後不動院は廃れて行きます。