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福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、九州北部を中心にNikon D750をメイン機として史跡を撮っています。詳しい撮影場所は各記事に座標値として載せていますので、座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで撮影場所が表示されます。参考にされてください。

実在の一般人が神さまとして祀られる神社 福岡県みやこ町

『新 京築風土記』(山内公二著)P150を読んでいて、実在の人物が神さまとして祀られる神社があると知り、行ってみることにしました。神社の名前は「仙人神社」。江戸時代の後半にあたる安政年間(1854年~1859年)に、福岡県京都郡(みやこぐん)の池田村という地区に住んでいた、「せん助」という人物が祀られています。「せん助さん」という愛称で親しまれています。

場所:福岡県京都郡みやこ町勝山池田

座標値:33.7200447,130.901216

 

どうして、「せん助さん」が神さまとして祀られるようになったのか?そのエピソードがおもしろいために、以下、神社前の案内看板の内容を抜粋します。

 

せん助さんは大の酒好きでお人好し。いつも一升びんをぶらさげてまわり、会う人みんなにお酒を飲ませて陽気に笑い、自分の山を売っては祝い酒を振る舞う。そんな名物男だった。

 

そのせん助さんの口ぐせは「自分が死んだら、林の中の山桃の木の下に埋めてくれ、神様になってみんなの願い事を一つかなえてあげる」だった。

 

しかし、せん助さんが死んだ時、家の者はこのことを気にも留めず、村の墓地に埋めてしまった。すると、その夜から三日三晩、笛や太鼓の音が家中やかましく鳴り響き、家の者は一睡もできなくなってしまった。あわてて遺体を山桃の木の下に埋め返すと、騒ぎはピタリと収まったという。

 

↑こちらが「せん助さん」が祀られる仙人神社です。神社の拝殿は、一見、賽銭箱もないふつうの家屋のようです。でも、実は、この拝殿の裏側にまわると、ちゃんと石祠があるのです。ちょっと裏側にまわってみます。

 

↓裏へまわってみると、納屋のような建物があり、この建物の入口には紫色の簾(すだれ)がかかっています。簾(すだれ)の奥は昼間でも暗い空間となっています。

この暗い部屋への入口手前 1~2mほどのところで、強烈なお酒の匂いに気づきます。強烈なお酒の匂いに負けず、部屋のなかへ歩を進めると、二基の祠がありました。この祠に、せん助さんが祀られていると考えられます。祠の前の賽銭箱へお金をいれ、おまいりをします。

しかし、賽銭箱にお金をいれて、おまいりをするのは、この神社では正しいおまいりのしかたではないようです。

 

二基の祠のうち、手前にある祠のうしろには、先のとがった板状の石がみえるのがわかります。

実は、この板状の石にお酒をかけないといけないようです。せん助さんは、とてもお酒の好きなかただったようで、正しくは以下のようにおまいりをしないといけないようです。

 

この石のとがった先端部分がせん助さんの口で、そこへ酒をそそぎながら「せん助さん、まあ一杯おあがりください」といい、次に「私もいただきます」と酒を酌み交わすと願い事がかなうといわれています(『新 京築風土記』(山内公二著)P150 前田義之氏談)

 

実際、たくさんのかたがたが、この先のとがった石にお酒をかけているようで、たしかに強烈なお酒の匂いが、この石ふきんからただよっていました。また、お酒をかけるという変わった風習が行なわれていることを裏付けるように、祠のそばには大きなゴミ箱があり、このゴミ箱にたくさんのお酒の缶や瓶が捨てられていました。

祠を拝見したときに、気づかなかったのですが、『新 京築風土記』を読んでみると、祠にはU字型の木製品がそなえられているそうです。「池田」という地名が示すように、昔、大きな池がこの地にはあり、池から水を導くために使用されていたものがU字型の木製品なのだそうです。

水道がわりの木製の樋(とい)が、神さまといっしょに祀られているということは、それほど、この地域で水というものが大事な存在だったことが想像されます。たしかに、仙人神社へと続く道の周囲には水田や畑がひろがっており、昔からこれら農産物を育てるのに、たくさんの水が必要とされていたと考えられます。

 

 神さまとともにお酒をくみかわすという、なんとも変わった参拝方法がある神社のご紹介でした。

↑仙人神社まで続く農道