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福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、九州北部を中心にNikon D750をメイン機として史跡を撮っています。詳しい撮影場所は各記事に座標値として載せていますので、座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで撮影場所が表示されます。参考にされてください。

平家とつながりがある白い五輪塔 北九州市安屋 戸明神社

北九州史跡同好会が発行している「北九州の史跡探訪」という史料に五輪塔が紹介されていたので行ってみることにしました。

場所:福岡県北九州市若松区安屋 戸明神社

地図:Google マップ

 

同書物には以下のように紹介されていました。抜粋してみますと…

 

この白塔は逆水の大木戸からここに移したもの。島郷には天野姓多く、一族郎党自決し果てた天野兵内の子孫で、正月は今も一門の霊を供養する伝統を守り続けているという。「北九州の史跡探訪」(P128)

 

…とあります。もともとは逆水の大木戸という場所にあったそうです。逆水という地名は五輪塔が祀られる戸明神社のすぐ近くにあります。でも大木戸とは?この地名は地図上では見つかりません。赤丸で示した部分が戸明神社です↓

 

昔、大木戸という地名があったか、木戸(きど)という言葉が城塞の出入口の意味もあるのでもしかしたらこちらの意味なのかもしれません。

 

少し「北九州の史跡探訪」を調べてみると、戸明神社の東180mほどいった場所に「楽丸城」というお城があったそうです。その楽丸城跡から「約1粁離れた逆水に大木戸の名が残っている」んだそうです。粁は「キロメートル」と呼びます。

 

地図上では残っていないけど、現地にいくと「大木戸」という地名の痕跡がどこかに残っているかもしれません。

 

除籍謄本を超えた家系図の調べ方: 北九州市若松区」と拝見すると”天野兵内茂澄”というかたが楽丸城の城主だったそうです。

 

天野氏は平家方の武将山鹿氏の家臣で、平家滅亡と供に山鹿氏も滅び、同時に天野氏も滅びました。

 

天野氏の供養塔として↓この五輪塔をたてたのでしょうね。

五輪塔は戸明神社 拝殿に向かって左奥に、他の祠2基とともに祀られていました。

 

石質のことはわかりませんが、表面が滑らかな感じの石で作られているようです。なんとなく近くの岩屋海岸の石と似ているような感じがします↓ 海岸の石でつくられた五輪塔なのでしょうか? 

 

↓神社の様子はこんな感じでした。神社前には車一台が停められる広いスペースがあり、ここに車を停めさせてもらいました。

急な階段を上ると…

すぐ隣に保育園がある境内↓

神社前には田畑が広がり、農道は車がやっと離合できるほどの幅です。

 

平家とかかわりのある五輪塔が、この小さな神社に祀られているとは知りませんでした。まだまだ知らない歴史を知るきっかけとなるので、小さな史跡であってもそれを探して詳しく調べていくのはおもしろいですね。