『筑豊の近代化遺産』P.122-131を拝読して、福岡県宮若市にあった「貝島炭礦(かいじまたんこう)」関連の史跡を巡っています。炭鉱では必ず、「山の神」と呼ばれる神社を建てて、安全と繁栄を願ったといいます。炭鉱が閉山してから、これら山神社の多くはなくなり、一部は合祀されていきました。合祀され現在も残っている山神社が、福岡県宮若市の磯光(いそみつ)という地区にあります。天照神社の境内に鎮座する「大之浦神社」が、炭鉱の山神社の名残です。
参照:『筑豊の近代化遺産』P.123
今回の記事では、大之浦神社をご紹介するのではなく、その近くにまつられる神様をご紹介します。その神様とは、船の運航安全を守る「金毘羅様(こんぴらさま)*1」です。
場所:福岡県宮若市磯光
座標値:33.724961,130.686206
金毘羅様は、犬鳴川から約100m内陸にはいった場所に祀られています。天照神社の本殿から北東約50m地点にあります。
金毘羅様の石塔裏側には「天保□□八月」という文字がうっすらと見えます。天保年間は1830年~1844年の14年間です。
遠賀川の支流が犬鳴川です。遠賀川流域で石炭の採掘がはじまったのは1700年ごろ。このあたり「磯光」という地区で採掘された石炭は、荷車で犬鳴川まで運ばれ、犬鳴川から遠賀川経由で、船によって現・北九州方面まで運ばれたと考えられます。
金毘羅様の案内板によると、犬鳴川で運ばれた石炭は、現・直方(のおがた)の植木という地区にある花ノ堰(はなのせき)という場所で、さらに大型の船に積みかえられたといいます。
石炭の水運輸送は、後に鉄道輸送におきかえられますが、それまでの期間は人力で運ばれていたことになります。人力で運ばれていたときの名残が、これら金毘羅様と、その隣に祀られている猿田彦大神なのだと考えられます。
福岡県内の炭鉱に関連する史跡をさがして、それらを結び付けながら丹念に調べていくと、土地土地の歴史がうかびあがってきます。その作業はわたしにとって、とても興味深いものとなっています。現在は、先日巡ってみた宮若市の貝島炭鉱関連の史跡を、すこしずつ調べていっています。