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福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、九州北部を中心にNikon D750をメイン機として史跡を撮っています。詳しい撮影場所は各記事に座標値として載せていますので、座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで撮影場所が表示されます。参考にされてください。

昔は響灘を一望できた小田山古墳群 北九州市若松区 深町

google mapを眺めていると、北九州市若松区の深町という場所に古墳群があるようだったので、行ってみることにしました。小田山古墳群です。

場所:福岡県北九州市若松区深町

地図:Google マップ

 

少し広域の地図で、古墳の場所を確認してみると、比較的海岸近くにあることがわかります。

 

事前にgoogle mapで小田山古墳群の情報を見てみると、1件だけの口コミでは、「整備がいきとどいていない」という、ちょっと不安な情報もありました。でも、ひとまず行ってみないことにはわかりません。

 

↓こちらが古墳のいりぐちです。情報通り、草がボウボウでかなりの荒れ具合です。

入口の横に案内看板が立てられていました。後に、看板に書かれている内容を転記します↓

 

階段を上って広場と思われる場所に出てみても…

ベンチがぽつぽつと設置されているので、散策路があったようです。かろうじて、獣道のような人の踏み跡がかすかに残っていたので、その踏み跡を頼りに歩を進めます。

 

↓途中からは、その踏み跡さえもなくなっており、草をかき分けるようにして進みます。

石碑↓が途中に確認され、その石碑の隣に横穴式の古墳が確認できました。

↓「7号古墳」と錆びた看板には書かれていました。

古墳の中を見てみると↓狭い通路のような穴の奥に、少し広くなった部屋があるようです。狭い通路が羨道(せんどう)と呼ばれ、その奥の広い部屋が遺体を納めた玄室(げんしつ)と呼ばれるようです。

数回にわけて遺体が埋葬されたそうです。

 

さらに古墳群の標高の高い方へ上っていくと…

全体が黒く錆びた看板のようなものが立っていました↓。でも何か書かれているのか判別できませんでした。

↓他にも数基の横穴式古墳が見られましたが、そのどれもが今では管理はされていないようでした。

 

入口付近にあった案内看板の内容を、以下抜粋します。

 

市指定史跡

小田山古墳群(おだやまこふんぐん)

 

小田山古墳群は、響灘(ひびきなだ)を見降ろす標高三五~五十五メートルの小田山丘陵の東側斜面に造られている。

 

この古墳群は、いずれも内部主体に横穴式石室(よこあなしきせきしつ)をもつ円墳(えんぷん)である。石室は遺体を納めた玄室とそれに通じる羨道(せんどう)からなっており、各古墳とも数回にわたって遺体が埋葬(追葬)されている。

 

出土遺物としては

須恵器(すえき)【坏(つき)、瓦泉(はそう)、盌(まり)、提瓶(ていへい)】、土師器(はじき)【高杯(たかつき)】、碧玉製管玉(へきぎょくせいくだたま)、金環(きんかん)、ガラス玉等がある。石室の形態や出土した遺物から六世紀後半の古墳群と考えられている。

 

大正時代初めまで大小併せて五十数基の古墳があったといわれているが、周辺の宅地化により大部分が失われてしまった。現在は、十三基がほぼ完全な状態で残っている。また、平成元年度に行われた分布調査では、周辺から新たな古墳が発見されている。

 

昭和四十六年に古墳公園として整備された。

 

北九州市教育委員会