日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。九州北部を中心に史跡を巡っています。巡った場所は、各記事に座標値として載せています。座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで場所が表示されます。参考にされてください。

道の駅「おおとう桜街道」のかりんとう饅頭が絶品 福岡県田川郡大任町今任原

いままで食べた かりんとう饅頭のなかで一番おいしいと感じます。こちらは道の駅「おおとう桜街道」で販売されている かりんとう饅頭です。

かりんとう饅頭 絶品 道の駅 おおとう桜街道 福岡県 田川郡 大任町
場所:福岡県田川郡大任町大字今任原1339

 

皮がカリッカリで、噛むとボリボリと音がでるくらいです。白あんは甘ったるくない上品な甘さ。

かりんとう饅頭 絶品 道の駅 おおとう桜街道 福岡県 田川郡 大任町

食べたら胡麻の香りと、ふわっとした甘さが口のなかに広がり、幸せな気持ちになります。1箱4個ではとても足りません。

かりんとう饅頭 絶品 道の駅 おおとう桜街道 福岡県 田川郡 大任町

1個はわざとひっくり返しています

箱に貼られているラベルを見てみると、出荷者が「情熱的中華厨房 味都」となっています。調べてみると、福岡県田川郡の香春町にある中華料理屋さんのようです。

 

場所:福岡県田川郡香春町大字香春1054−7(Google map

 

これだけおいしい かりんとう饅頭をつくるお店なので、他の料理のおいしさも期待できます。機会をつくって行ってみたいです。

筒江牛木神社 六地蔵石塔 福岡県久留米市城島町江上本

福岡県大川市へ行った際、大川市街から比較的近い久留米市側に『筒江牛木神社 六地蔵石塔』というめずらしい石塔があることを知り、拝観しにいってみました。石塔の側面に6体の地蔵菩薩が刻まれているというものです。

場所:福岡県久留米市城島町江上本
座標値:33.229923,130.415102

 

六地蔵塔は、福岡県北ではあまりみられない種類の塔です。以前、長崎県を巡っていた時、『戸石の六地蔵塔』という石塔を、1基みた覚えがあります(参照:長崎市HP-戸石の六地蔵塔)。

 

案内板に紹介されていた情報を、箇条書きにしてみると以下のようになりました。


・室町時代末期に造られた(推定)
・福岡県内には六地蔵塔は約200基ある
・そのほとんどが筑後地方にある

筒江牛木神社 六地蔵 六地蔵塔 福岡県 久留米市 石塔


六地蔵塔は、このような灯籠型が多く、供養塔として街道沿いにたてられることが多いそうです(参照:wiki-六地蔵塔)。

 

いきものが死後、六道(地獄,畜生,餓鬼,修羅,人,天)に転生する際、それぞれの道で魂を救うために配されるのが六地蔵です(参照:コトバンク-六地蔵)。

どうして神社に猿の石像が祀られている? 福岡県大川市 小保

福岡県大川市の小保という地区に「日枝(ひえ)神社」という小さな神社があります。この神社には狛犬ならぬ「狛猿?」が祀られています。

日吉神社 神猿 猿 日枝神社 福岡県大川市 狛犬

日枝神社の神猿(まさる)

場所:福岡県大川市大字小保

座標値:33.207624,130.369261

 

この猿の石像は、通常狛犬がある場所である参道の両側に二基と、拝殿の前に一基祀られていました。

福岡県 大川市 日枝神社 境内

日枝神社境内

どうして通常祀られている獅子ではなく猿なのか?調べてみると、日枝神社のルーツが滋賀県の日吉大社…ひいては比叡山にあることがわかりました。文字だけで書いていくと、複雑でわからなくなったので、簡単な図にしてみました。

比叡山の麓に日吉大社鎮座します。日吉大社は神様の使いが猿として伝えられています。日吉神社からは山王信仰が生まれ、山王信仰に基づき全国各地に日吉神社、日枝神社、山王神社がつくられました。

日吉大社-比叡山-猿との関係


日吉大社では、もともと猿が神様の使い…神猿(まさる)として伝えられていました。その理由は不明です(参照:日吉大社HP-神猿について)。「神猿(まさる)」が「まさる」→「魔が去る」・「勝る」と転じ、猿が縁起ものとされました。

 

その日吉大社から生まれたのが山王(さんのう)信仰です。

 

山王信仰は日吉の神様の別名で、天台宗・比叡山延暦寺の守護神としての性格を意味します(参照:日吉神社HP-全国3,800社の分霊社と神猿

 

比叡山の神様として山王がおられ、その山王をあがめるのが日吉大社と考えられます。そして日吉大社の神様の御霊(みたま)を分霊したのが、全国でみられる日吉神社や日枝神社、山王神社です。

 

福岡県大川市の小保地区にある日枝(ひえ)神社も、日吉大社から勧請された神社と考えられます。そのため日吉神社に伝わる「神猿(まさる)」がこのように神社に祀られているのでしょう。 

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日枝神社の神猿(まさる)

猿が神様の使いであるので、狛犬である役割を猿が担っていると考えられます。よって通常狛犬がいる場所に神猿が配置されていると想像されます。

 

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神猿(1枚目の写真)を正面から見たところ

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日枝神社の額束とともに祀られる神猿

比叡山 延暦寺が天台宗であるため、天台宗が全国に広がるとともに山王信仰もひろがり、さらに日吉大社に関連する日吉神社・日枝神社・山王神社も多く建てられました。現在では、このような分霊社が全国に3800社あるといわれています(参照:wiki-山王信仰)。

 

 大川市の日枝神社に祀られる神猿は、妻が「あの狛犬は変わった形をしている」と、たまたまみつけてくれたものです。思わぬところで、思わぬ発見ができました。

 

もしかしたら、近所にある日吉神社や山王神社と名がつく神社に参拝にいくと、神猿に出会えるのかもしれません。

必要最低限の長さで作ったけど九州最長トンネルとなった新関門トンネル

JR山陽本線で、門司駅から下関駅へと向かう電車内の電気が一度消え、数秒後にふたたび電気がつくという現象が起きる…という記事をご紹介しました(参照:【JR 山陽本線】どうして関門トンネルに入るまえ車内の電気が消える?

 

この記事を書くために、本州と九州を隔てる関門海峡で、電車がどのようにその下をくぐっているのかを調べてみました。すると、電車と新幹線とで走っている経路がずいぶんと違うことがわかりました。

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関門トンネル(電車)と新関門トンネル(新幹線)の経路

どうしてこのように、離れた場所にそれぞれの線路が走っているのでしょう?なによりも、どうしてこんなにも電車と新幹線とでトンネルの長さが違うのでしょう?その答えが『九州の鉄道おもしろ史』P107-110に紹介されています。

 

電車と新幹線とでは、線路勾配の規定が違うからです。

 

国鉄〔1987年にJRに事業を継承〕の線路の場合は1000m水平方向へ進むと、垂直方向へあがる高さは35m以下にしないといけない(35‰〔パーミル〕以下)という決まりがあったそうです。新幹線の線路の場合は、速度を優先するために15‰以下という決まりがあります(参照:『九州の鉄道おもしろ史』P107,109)

 

 この決まりに基づいて、関門海峡をくぐるトンネルをつくるには、電車の場合は約3.6㎞、新幹線の場合は約18.7㎞の長さが必要でした。

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新関門トンネル(新幹線)の勾配

18.7㎞ものトンネルをつくるためには、電車の従来の駅である「下関駅」-「門司駅」間の約6.2㎞だけではとうてい距離数が足りません。

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そこで、新幹線停車用の駅として本州側は「長門一宮(ながといちのみや)駅」、九州側は「小倉駅」を設定し、この二つの駅付近にトンネルの出入り口を造りました。※「長門一宮駅」は「新下関駅」に改称されました。

 

そうすれば、トンネルの長さが18㎞以上に設定することができ、勾配も15‰以下となります。わざわざ新幹線の線路がややS字状にカーブして、やや遠回りのような軌跡を描いているのも、距離数をかせぐためだということが想像できます。

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実際に造られた新関門トンネルの長さは18713mで、勾配は18‰となりました(参照:wiki-新関門トンネル)。18‰だと規定されている「15‰以下」の範囲外となってしまいます。しかし、新関門トンネルは特例として認定されたそうです。

 

 私がまだ車を所有していない頃、本州から九州へ帰郷するとき、新幹線を利用していました。新関門トンネルをはしるとき「長いトンネルだなあ、いつも九州にはいるときは外の景色がみれないなあ」などと、ぼんやり感じていたのを思い出します。

 

こうして調べてみると、ほんとうに必要最小限の距離でトンネルを造ったのだということがわかります。

【JR 山陽本線】どうして関門トンネルに入るまえ車内の電気が消える?

JR山陽本線で、門司駅から下関駅へと進む車内でめずらしい現象がおきます。車内の電気が一度消え、数秒後にふたたび電気がつくというものです。

 

車移動が主な私が、この現象を確かめに山陽本線に乗ったのは『九州の鉄道おもしろ史』P112-116に興味深い記事があり、それを確かめたかったからです。その記事というのは、「関門トンネル出口そばにデッドセクション(死電区間)」というのがあるというものです。

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門司駅と関門トンネルの位置関係

デッドセクションがあるのは、上のGoogle mapでは、門司駅と関門トンネル出入口(門司区側)との間。もっと詳しくいうと門司駅プラットホームの北側です。

 

場所:福岡県北九州市門司区中町 門司駅構内

座標値:33.905552,130.933832(この座標値周辺)

 

↓下の写真が門司駅プラットホームの北側を撮ったものです。

かすれてちょっと見にくくなっていますがホームの向こう側に「交直転換」という赤い看板があります。さらに看板の向こう側に、菱形で赤と白の斜線がはいった標識もあります。この場所では、ほかにも数個「交→直」などの目立つ看板が確認できます。

 

これらは何を意味するのでしょう?「この場所で、交流電流から直流電流へ切り替えてください」と運転手へ注意喚起をしているそうです。つまりこの場所で電流の種類が切り替わっているということです。

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交流・直流電流区間 模式図

どうしてこんなことが起きているのか?を『九州の鉄道おもしろ史』P112-115で解説してくれています。

 

その内容をざっくりと、箇条書きでまとめてみます。蒸気機関車から電車へ切り替わる時代にまでさかのぼります。

 

・戦前に造られた鉄道施設は直流電流を採用していた

・関門トンネルを含む本州側は直流電流

 

・戦後は交流電流が世界的に採用された

・九州ではじめて門司港から久留米までが交流電流で電化

 

・本州と九州とを結ぶ際、電気の種類が違うので問題

・そこで、連結するとき電気が流れない区間を作ることとなった

・デッドセクション(死電区間)が採用された

 

デッドセクションはその名前のとおり電気が流れていませんが、電車は25m程度はパンタグラフから集電できなくても惰性で走ることができるそうです。

この区間で運転士は以下のような作業をするそうです。

 

デッドセクションの手前で幹制御器のハンドルをオフにする。とたんに車輪を回すモーターも止まり、車内灯も消えるが、セクションを過ぎると自動的にノッチはオンになり、モーターも回り、室内灯もつく。

 

 つまり、運転手は電車に取り付けられている整流器(交流電流を電車に取り込む装置)を、デッドセクションの手前でOFFにするということなのでしょう。電気が電車にとりこまれなくなるので、車内の灯りは消えます。

 

そして、デッドセクションを電車が惰性で通り過ぎ、直流電流の流れる区間に入ると、自動的に直流電流が電車へ送り込まれてくることになるのでしょう。電車に直流電流が送り込まれ始めると、車内の灯りもつくというわけです。

 

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昔ながらの古い車両では、デッドセクションで灯りが消えるという現象がおきますが、新しい車両ではデッドセクション通過時でも灯りが消えないしくみも取り入れられているそうです(参照:「乗り物ニュース」なぜ?突然、電気が消える電車 だが誰も動じない、関門トンネルの日常風景

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デッドセクション素材の今昔

見た限りでは判別ができませんでしたが、デッドセクションの架線は、通常の銅製のものではなく、電気を通さないプラスチックで現在はできてます。昔は樫の木のシリコン油をしみこませたもので絶縁体をつくっていたそうです(参照:『九州の鉄道おもしろ史』P115)

 

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車を所有していると、電車をはじめとする公共交通機関を使用することは、ほとんどありません。できれば維持費が高い車を手放して、電車やバスで生活をしたい…と思い公共交通機関を駆使した生活をシミュレーションしてみるのですが、地方の町に住んでいると、それが現実的でないことがわかります。

 

しかし、今回の記事のような、「電車に関する疑問」を探索してみると、電車に乗る機会が増えているように感じます。まだ小さい子どもにも、電車やバスなど、自動車とは別の乗り物に乗る機会をもってほしい、という思いもあります(半分は自分の楽しみのため)。

 

今後も、ぼちぼちと鉄道のおもしろい歴史を探しにいってみたいと感じます。

恐怖を感じた撮影 福岡県直方市頓野

2019.12.31、朝6時半頃、福智山(福岡県)山頂より撮影した、直方市の朝景です。f:id:regenerationderhydra:20191231211257j:image

撮影時、強風が吹き荒んでいて立つことさえ困難。手袋を外すと手指がちぎれるほどの痛みを感じる寒さでした。強風と迫ってくる雨雲に恐怖を感じました。

 

三脚を縮めかがんだ状態でなんとか撮ることができました。iso感度は1200、シャッタースピードは2.5秒に設定しました。

 

強風でカメラがブレるので、できるだけ速いシャッタースピードとなるようにしました。

 

撮影していると、登山ルートに他登山者のヘッドライトの明かりが見えてきました。f:id:regenerationderhydra:20191231211550j:image

真っ暗な山頂で、「ゴーゴー」という大きな風の音に恐怖を感じていたので、人の気配にホッと安心感をいだきました。

 

今回の登山は直方市の夜景を撮るのが目的だったので、暗いうちに下山することとなりました。

大堂の均整美 大分県豊後高田市田染 蕗

場所:大分県豊後高田市田染蕗

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富貴寺 大堂は鎌倉時代に中国から伝わった建築様式で造られ、歴史的価値が高いため国宝に指定されています。

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大堂の屋根はピラミッドのような形をしていて四枚の屋根がすべて三角形です。一歩引いて屋根を眺めると、その均整美が感じられます。

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