これは、大分県玖珠郡九重町大字田野ふきんで撮影した、九酔渓の崩壊跡の写真である。桂茶屋の駐車場から撮影したものである。

場所:大分県玖珠郡九重町大字田野
座標値:33.175599,131.215328
この崩壊跡は、第四紀更新世中期(チバニアン期、約77万年前〜約12万6000年前)に形成された火山岩類から構成されている。

岩相は安山岩および玄武岩質安山岩の溶岩と、それに伴う火砕岩(火山角礫岩や凝灰角礫岩)である。地質年代としてチバニアン期は、とても新しく、岩体全体が長期的な変成作用や続成作用による緻密な再結晶化を十分に受けていない。未固結、あるいは半固結の火砕物層が溶岩流の間に挟在しやすい地質環境にある。
溶岩流と火砕岩層の互層構造は、斜面の力学的安定性において重大な脆弱性をもたらす。緻密に冷却固化した安山岩溶岩は高い圧縮強度と剛性を持つ一方、火砕岩層は間隙率が高く、膠結度が不十分であるため力学強度が著しく低い。
さらに、両者の透水係数の差異により、層境界には地下水が集中的に滞留しやすい。風化や地下水流動に伴う細粒分の洗い出し(パイピング現象)が進行すると、下位あるいは挟在する火砕岩層が選択的に劣化・空洞化し、荷重を支えていた基盤が脆弱化する。その結果、上部を覆う高密度の溶岩盤が下支えを失い、片持ち梁のような応力集中状態を引き起こす。

写真に記録された崩壊面は、一般的な表層崩壊に見られるスプーン状の円弧すべり面とは明確に異なり、極めて平滑で垂直に近い平坦面を形成している。これは土壌層のすべりではなく、岩盤内部に既存していた構造的不連続面、すなわち冷却節理や構造性の亀裂をすべり面・剥離面とした岩盤崩壊(プランナー崩壊あるいはブロックトップリング)であることを示している。
安山岩マグマが急激に冷却収縮する過程で形成された鉛直方向の柱状・板状節理は、母岩内に無数の潜在的弱面を格子状に配置する。風化や応力開放によってこれらの節理が開口すると、岩盤強度は母岩自体の強度ではなく、不連続面の粗度と摩擦角に完全に依存する状態へと変質する。
この構造的脆弱性に対し、崩壊を誘発する直接的な引き金となるのが水理作用である。節理が発達した溶岩層は表層からの鉛直浸透能が極めて高い。集中豪雨時、地表水は開口した割れ目を伝って急速に岩体深部へと達する。
下位に難透水性の変質部や粘土化した火砕岩層が存在する場合、地下水は浸透経路を遮られ、開口節理内部に滞水層を形成する。これにより割れ目内部の水頭が急上昇し、岩塊を外側へ押し出す静水圧(側圧)と、節理面に作用する間隙水圧が劇的に増大する。テルツァーギの有効応力原理に従えば、間隙水圧の上昇は垂直応力を相殺し、境界面のせん断抵抗力を低下させる。せん断強度が斜面自体の自重による滑動力を下回った瞬間、岩盤は一気に破壊限界に達し、剥落・崩落に至る。


九酔渓の峻険なV字谷地形そのものが、こうした崩落の連鎖によって形成されてきた。鳴子川による急速な下方浸食(下刻)は、谷底の基準面を絶えず低下させ、両岸の斜面勾配を限界傾斜角以上に急峻化させる。
谷壁の応力解放*1と重力性マスムーブメント*2は、河川浸食に対する地形の平衡応答であり、今回の崩落も局所的・偶発的な土砂災害という側面に留まらず、更新世から現在に至る鳴子川水系の峡谷拡大プロセスが現在進行形で作用している証拠と捉えることができる。河川が谷を深く掘り込み、支えを失った側壁が節理に沿って剥落し、谷幅が後退する。この一連のサイクルの断面が、白日のもとに晒された崩壊露頭である。

崩壊後の斜面において、周囲の密生した広葉樹林やツル植物群落と対照的に、崩壊面が完全な無植生状態を保っている点も地質的特徴を反映している。垂直に切り立った硬質岩盤の表面には土壌層が存在せず、降水は保水されることなく瞬時に流下するため、表層環境は極度の乾燥と貧栄養状態にある。表層の風化が進行して岩屑や微小なクラックが形成され、地衣類や蘚苔類などの先駆種(パイオニア植物)が定着する基盤が整うまでには、長期の物理化学的風化プロセスを要する。さらに、節理に沿った小規模な落石や剥落が断続的に生じる動的な不安定場においては、植物の根系が定着する機械的安定性も担保されない。この断崖が周囲と同様の植生被覆を回復するまでには、数十年から百年単位の時間を要すると推測される。
九酔渓の崩壊斜面は、第四紀火山岩の物性差、冷却節理の幾何学、間隙水圧による有効応力の低下、そして河川の下刻作用が相互に連動した岩盤力学的・地形発達史的プロセスの具現化である。