以下は、『増補 水巻町誌』P.551-554,”四 神仏と宗教”の箇所を、わかりやすく要約したものです。
・・・・・
1. 明治時代は「国」と「神社」がガッチリ手を組んだ時代
① 政治と神社の教えをセットに(祭政一致・国家神道)
明治政府が「立派な日本人になるためには、神社(神道)を大切にしよう」と旗振り役になりました。「国のルール」と「特定の宗教(神道)」が強力なタッグを組んだ状態です。これが「国家神道」です。
② 神様と仏様をキッチリ分ける(神仏分離)
江戸時代までは、神社とお寺が同じ敷地にあるのが普通でした。しかし、国が「神様と仏様は別々だから、神社から仏像を出しなさい」と命令しました。
※水巻地方では、仏像を壊すような激しいトラブルは少なかったようです。
③ 神社の「ランク付け」をする(社格制度)
レストランに「三つ星」「二つ星」があるように、国が全国の神社に「ここは国が管理するトップクラスの神社」「ここは村の神社」と公式なランキングをつけました。
2. 昭和20年〜…終戦とGHQによる「ルール大逆転」
① 国が神社を特別扱いすることを禁止(神道指令)
戦争に負けた後、アメリカ中心のGHQがやってきて「今日から国が神社にお金を出したり、特別扱いしたりするのは一切禁止」と命令しました。これで明治時代からの「強力なタッグ」が解散させられました。
② 学校や社会のルールが180度変わって大混乱
昨日まで「学校で神社にお参りしなさい」「君が代を歌いなさい」と教えられていたのに、今日から「それは全部ダメです」と言われるようになりました。校庭にあった二宮金次郎の銅像なども撤去され、「今まで信じていた正しいこと」が突然ひっくり返ったため、大人も子どもも大パニックになりました。
3. 昭和21年〜…新しい憲法での「自由」と「線引き」
① 神社も「数ある宗教の1つ」として再スタート
昭和天皇が「私は神様ではなく、人間です」と宣言しました。これによって、神社は国の特別扱いを完全に離れ、お寺やキリスト教の教会と同じ「いち民間グループ(宗教法人)」として再スタートすることになりました。
② 「何を信じても自由」「国と宗教は別」(日本国憲法)
新しい日本のルールブック(憲法)に、大切な2つの約束が書かれました。
信教の自由: 「神道でも仏教でもキリスト教でも、何を信じても(信じなくても)個人の自由ですよ」
政教分離: 「国は、特定の宗教をひいきしたり、税金を渡したりしてはいけませんよ」
まとめ
- 明治政府は政治と神道を一体化させて国家神道とし、国と神社が強力に手を組む体制を全国に確立させました。
- また、神様と仏様を明確に分ける神仏分離の実行や、全国の神社を公式にランク付けする制度を導入しました。
- しかし敗戦後の昭和二十年、GHQの指令により国の神社に対する特別扱いが禁止され社会は大混乱しました。
- その後、昭和天皇による人間宣言が行われた結果、神社は国から離れて民間の宗教法人として再出発しました。
- そして新しい日本国憲法において、個人の信教の自由と、国が宗教を特別扱いしない政教分離が定まりました。