日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。九州北部を中心に史跡を巡っています。巡った場所は、各記事に座標値として載せています。座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで場所が表示されます。参考にされてください。

判断のバラつき(ノイズ)を防ぐ

人間の判断には、本人が自覚できない「ノイズ(バラつき)」が潜んでいます。ダニエル・カーネマンらの著書『NOISE 組織はなぜ判断を誤るのか』は、バイアスとは異なるこの目に見えないエラーの構造を解析しています。司法や医療の現場で生じている不公平の実態を概観し、AIの活用や「判断ハイジーン」というシステム的な対策が、いかに重要であるかを、本書の知見にもとづいて整理してゆきたいとおもいます。

 

その決断は、客観的と言えるか?

「判断のあるところには必ずノイズが存在し、それは想定されているよりも多い」

 

ノイズとは、本来同一であるべき判断における、望ましくないランダムなバラつきを指します。これは系統的な偏りである「バイアス」とは別の種類のエラーですが、どちらも判断の精度を損なう要因となります。

 

刑事裁判、保険料算定、医療診断といった専門的な領域においても、担当者や状況によって判断が大きく分かれる実態が報告されています。

 

例)刑事裁判における量刑の格差

同じような罪を犯した被告人であっても、担当する裁判官によって判決が大きく分かれる実態があります。


• 具体的な判決の差: 過去にアメリカで行われた調査では、前科のない2人の男性が同じ「偽造小切手の現金化」で有罪となりましたが、1人は懲役15年、もう1人は懲役30日という極端な差が生じました。また、別の着服事件では一方が懲役117日であったのに対し、他方は20年でした。


• 外部要因の影響: 判決は事件の内容だけでなく、裁判官の置かれた状況にも左右されます。例えば、地元フットボールチームが負けた後の月曜日は判決が厳しくなる傾向や、被告人の誕生日には判決が寛大になる傾向が報告されています。さらに、気温が高い日には難民認定の審査が厳しくなるといったデータも存在します。



なぜ、公平性のために「直感」を後回しにすべきなのか?

こうしたノイズは不公平を生むだけでなく、組織に多大な経済的損失をもたらします。しかし、人間は物事に対して『納得できる理由』を求める性質があります。そのため、明確な理由や傾向が見える『バイアス(偏り)』には敏感ですが、理由のない統計的な『ノイズ(バラつき)』は、因果関係を見出しにくいために無視されやすいです。

 

著者(ダニエル・カーネマンら)は対策として「判断ハイジーン(衛生)」という戦略を提言しています。具体的には…

 

判断を構造化して独立したタスクに分解すること

→一度にすべてを決めようとせず、判断材料を独立したチェック項目に切り分ける

 

複数の独立した判断を統合すること

→他人の意見に影響されない状態(密室)で各々が判断し、後でそれらを平均化する

 

直感を働かせるのを最後に遅らせること

→すべての客観的なデータが出揃うまで、自分の『勘』や『確信』を封印する

 

…などが含まれます。また、ノイズのないルールやアルゴリズムの活用も有効な手段とされています。ノイズの存在を認め、それを削減する努力を払うことは、社会の公平性と効率性を向上させるために不可欠です。

 

アルゴリズムとAIがノイズを防ぐ理由

『NOISE 上: 組織はなぜ判断を誤るのか?』『NOISE 下: 組織はなぜ判断を誤るのか?』では、アルゴリズム(AIや機械学習を含む)が人間の判断よりも優れている大きな理由として、それらが「ノイズ・フリー(ノイズがない)」であることを挙げています。

 

人間の判断は、気分、疲労、直前の出来事といった無関係な要因(機会ノイズ)によって同じケースでも変動しますが、アルゴリズムは同じ入力に対して常に同じ出力を返します。

 

特に機械学習モデルは、人間が気づかないような微細な変数間の相関(「折れた足」のような稀な事例*1)を検出する能力を持っており、保釈審査や医療診断において人間を上回る精度を示すことが実証されています。

 

とても単純なルールや計算式であっても、一貫性がない(ノイズが多い)人間の専門家による判断を上回ることが多いとされています。

 

生成AIの使用は「必要」なのか?

著者は、人間による判断が重大な不公平や多大な経済的損失(ノイズ)を生んでいる領域において、アルゴリズムの導入を真剣に検討すべきだと主張しています。ただし、全ての判断をAIに委ねるべきだとは考えていません。アルゴリズムは重要な決定を補佐したり、一部のプロセスを代替したりする手段としてはとても有効ですが、最終的な決定段階では人間が介在する余地が残ることも想定されています。

 

AIを導入しない場合でも、AIのようにノイズのない「ルール」や「構造化されたプロセス」を人間の判断に導入すること(判断ハイジーン)で、判断の質を向上させることが可能であると述べられています。

 

アルゴリズム活用における注意点

アルゴリズムはノイズを排除しますが、それだけで全てのエラーが解決するわけではないことも指摘されています。アルゴリズムは「ノイズ」こそありませんが、学習データに偏りがある場合、人間と同様の、あるいはそれ以上の「バイアス(系統的な偏り)」を持つ可能性があります。そのため、アルゴリズムによる差別や偏見を防ぐためには、その設計や学習データを注意深く点検する必要があります。


結論として、本書の主張に基づけば、生成AIを含むAI技術の活用は、判断における「ノイズ」を防止するための極めて強力かつ、有効な手段であると言えます。しかし、それが唯一の解決策ではなく、あくまで「判断の正確性を高め、不公平を減らすための戦略(判断ハイジーン)」の一環として、適切に設計・運用されることが不可欠であるという立場を取っています。

*1:ミール氏が挙げた例は、「ある人物が今晩、映画に行く確率」を予測するケースです。過去のデータに基づいた統計モデル(例えば、その人が毎週金曜日に映画に行くという傾向など)があれば、高い精度で「今晩も映画に行く」と予測する。しかし、もしその人物がその日の朝に「足を骨折した」という事実を知っていたらどうでしょうか。この「骨折」という情報は、通常の予測モデルには組み込まれていない変数ですが、映画に行くという行動をほぼ確実に否定する決定的な要因となります。このケースのように、統計的なルールやモデルには含まれていないが、個別のケースにおいて予測を無効にするほど強力な影響力を持つ、まれな出来事が「折れた足」と呼ばれます。