『利他学』(小田亮)
『クルーシャル・カンバセーション』(ケリー・パターソン)
『唯脳論』(養老孟司)
これらの本に共通することは、「見えるもの」と「見えないもの」の相互作用、そしてその相互作用が人間の行動、社会、そして科学に及ぼす影響という点です。
『利他学』では、一見非合理的に見える利他的行動が、進化論やゲーム理論*1といった科学的な視点から分析されています。反証主義*2に基づき、いろんな仮説が検証され、時には反証されながらも、利他性の進化における要因が明らかになっていきます。
例えば、「すべてのカラスは黒い」という仮説は、白いカラスが見つかることで反証されます。おなじように、「利他行動は遺伝子に組み込まれたものだ」という仮説も、文化や環境の影響を考慮することで修正しなければならなくなります。しかし、反証を通じて、より精緻な理論へと近づいていくという科学的なプロセスこそが、利他性の本質に迫っていくことになります。
『利他学』では、利他行動を促進する要因として、「ホルスの目*3」のような視覚的な刺激や、異性の存在、さらには鏡といった「見えるもの」が挙げられている。これらは、人間の行動に無意識的な影響を与えるものであり、利他性という「見えないもの」を形作る一端を担っていると考えられます。
一方、『クルーシャル・カンバセーション*4』では、人間関係におけるコミュニケーション、特に困難な対話に焦点を当てています。ここで重要なのは、「本音を探る」というプロセスです。表面的な言葉のやりとりではなく、相手の真意、そして自分自身の真意を理解しようと努めることで、建設的な対話が可能になります。
つまり、クルーシャル・カンバセーションは「見えないもの」を意識することの重要性を示していると考えられます。相手の表情や言葉といった「見えるもの」だけでなく、その背後にある感情や考えといった「見えないもの」を理解しようと努めることで、相互理解を深め、より良い人間関係を築くことができます。
さらに、『唯脳論』では、人間の脳が世界をどのように認識し、社会をどのように構築していくのかが論じられています。養老氏は、「ヒトの作り出すものは、ヒトの脳の投射である」と述べ、社会もまた脳の産物であると主張します。
これは、私たちが見ている世界、私たちが生きている社会が、客観的な実在ではなく、脳というフィルターを通して構築されたものであることを意味します。そして、そのフィルターは、個々人の経験や価値観、さらには文化や歴史といった「見えないもの」によって形作られています。
「見えるもの」と「見えないもの」の相互作用
これら3冊の本はそれぞれ異なるテーマを扱っていますが、「見えるもの」と「見えないもの」の相互作用という共通の視点から捉えることができます。利他性、コミュニケーション、そして社会構造といった人間の行動や社会現象は、目に見える行動や事象だけでなく、その背後にある心理、文化、歴史といった目に見えない要素によって複雑に影響されています。
そして、これらの本が示唆するのは、科学的な思考法の重要性です。
『利他学』:反証主義のように、仮説を立て、検証し、修正していくというプロセスは、目に見えないものを理解するための有効な手段となります。
『クルーシャル・カンバセーション』:「本音を探る」という姿勢は、相手の真意を理解しようとする科学的な探究心に通じるものがあると言えます。
『唯脳論』:脳の働きを理解することは、人間の思考、感情、行動のメカニズムを解き明かす上で不可欠であり、それは社会全体の理解にもつながる。
現代社会は、情報過多、複雑化、そして不確実性の増大といった課題が山積(さんせき)しています。このような時代において、目に見える情報に振り回されることなく、物事の本質を見抜く力が求められます。
そのためには、科学的な思考法を身につけ、「見えないもの」を意識しながら、複雑な現象を多角的に分析していくことが必要になると考えられます。
思考力と分析力を鍛える5ステップ
『科学的な思考法を身につけ、「見えないもの」を意識しながら、複雑な現象を多角的に分析していく』というのは、具体的にはどのように実践したらいいのでしょう。
1. 疑問を持つ、問題意識を持つ
当たり前だと思っていることや、ニュースで見た情報、日常の出来事など、あらゆる事柄に対して「なぜだろう?」と疑問を持つことが必要です。
漠然とした疑問を、具体的な問題として捉え直します。「なぜこの問題は起きているのか?」「何が原因で、どのような影響があるのか?」といったように、分析の対象を明確化します。
2. 多様な視点から情報を集める
一次情報に触れる
可能な限り、現場に足を運んだり、当事者に話を聞いたりして、一次情報を収集します。
多様な情報源を活用する
インターネット、書籍、論文、専門家の意見など、様々な情報源から多角的に情報を集めます。
情報源の信頼性を評価する
情報源によって、情報の内容や質が異なるため、情報源の信頼性を批判的に評価することが大切です。
3. 問題に対する仮説を複数立てる
集めた情報に基づいて、問題の原因やメカニズムについて、複数の仮説を立てます。そして目に見える現象だけでなく、その背後にある心理、文化、歴史、社会構造といった「見えないもの」を考慮して仮説を立てます。
例)「どうして社会人になると本が読めなくなるのか」
・忙しく、読書に使える時間が限られている。
・仕事で疲れてしまい、読書をする気力や集中力が残っていない。
・学生時代とは生活リズムが変わり、読書の習慣が失われてしまう。
・テレビ、YouTube、ゲームなど、読書以外の娯楽が増えた。
・読書を「勉強」と捉えるようになり、億劫に感じる。
・成果主義の浸透により、読書よりもすぐに役立つ情報に目が向きがち。
・読書以外の趣味や楽しみを持つ人が増え、読書の優先度が下がった。
・ネットの普及により読書以外の情報摂取手段が増えた。
4. 仮説を検証し、必要があれば修正する
仮説を検証するために、必要なデータを収集し、分析します。統計データ、実験結果、観察記録など、客観的なデータを用いる必要があります。そして、データと仮説を論理的に結びつけ、仮説が正しいかどうかを検証します。仮説が反証される可能性も考慮し、必要があれば仮説を修正したり、新たな仮説を立てたりします。
5. 結論を導き出し、新たな疑問を見つける
検証結果に基づいて、結論を導き出します。結論は、客観的なデータと論理的な思考に基づいている必要があります。分析を通して、新たな疑問や課題が見つかることがあります。それらを次の分析の出発点として、探求を続けていきます。
これらのステップを繰り返すことで、科学的な思考法を鍛え、複雑な現象を多角的に分析する能力を高めることができると考えられます。
3冊の本が共通して訴えていること
人間に対する深い理解の必要性が、これら3冊の本共通の訴えです。利他性、コミュニケーション、そして社会構造といったテーマは、 結局、人間の行動と相互作用に関わるものであり、それらを理解することは、より良い社会を築くための基盤となります。
養老氏の言葉として「実証主義者の神は、『実証』である」というものがあります。科学的な思考法は、現代社会における羅針盤となり得ます。しかし、同時に、科学もまた人間の脳の産物であり、常に批判的な視点を持つことが重要であると考えられます。
「見えるもの」と「見えないもの」の相互作用を理解し、科学的な思考法を 作り上げていくことで、複雑な社会をより深く理解し、より良い社会を構築していくことができると考えられます。