庚申塔が語る江戸の情報伝播
江戸時代は、現代の東京にあたる江戸を中心に、商工業が盛んな時代でした。人々は、街道や川を使って、たくさんの物資を運んでいました。現代のように車や電車はありませんでしたが、人々の間では、多くの情報が行き交っていました。
参照:http://hist-geo.jp/img/archive/210_1.pdf
近世庚申塔にみる流行型式の普及.石神裕之
この論文を参照すると、その情報の流れを知る手がかりとなるのが、庚申塔であることが示されています。庚申塔とは、庚申信仰という信仰に基づいて建てられた石の塔のことです。庚申信仰は、60日ごとに巡ってくる庚申の日に、夜通し眠らずに過ごすことで、健康長寿や厄除けを願う信仰です。人々は、庚申の日に集まって、食事や談笑をしながら夜を明かしました。庚申塔は、その信仰の証として、村や街道の脇などに建てられました。
この論文では、庚申塔の形に注目することで、江戸時代の情報の流れを明らかにしようとしています。庚申塔の形は、時代や地域によって少しずつ違います。江戸で生まれた新しい形が、時間とともに周辺地域に広がっていく様子を調べることで、当時の情報がどのように伝わっていったのかを知ることができる、と予想されています。
調査の結果、判明したことが以下の通りです。
まず、江戸で生まれた新しい形の庚申塔が、周辺地域に時間差を持って広がっていく様子が確認されました。これは、江戸を中心とした文化交流があったことを示しています。
次に、江戸に近い地域や、利根川などの水運を利用しやすい地域では、新しい形の庚申塔が早く広がっていました。一方、水運に頼れない地域では、広がりが遅くなるだけでなく、特定の形が長く使われ続けるなど、地域独自の傾向も見られました。
これらのことから、庚申塔の形が広がるには、江戸を中心とした文化交流に加えて、地域間の距離や、水運などの交通の便が影響していたことがわかりました。
この論文では、石造遺物である庚申塔を通して、江戸時代の情報の流れや文化交流、社会経済的な状況を解明する上で、型式学的分析が有効な手法であることが示されています。庚申塔の型式学的分析というのは、簡単に言うと、庚申塔の形や模様を詳しく調べて時代や地域による違いを明らかにすることです。
現代社会における情報の流れ
現代社会では、インターネットやスマートフォンなどの情報通信技術の発達により、江戸時代とは比較にならないほど、情報が速く、広く伝わります。しかし、情報の流れ方や地域差という点では、庚申塔の形態伝播と共通点もあります。
例えば、地理的に孤立した地域・情報流通経路から外れた地域では情報格差やデジタルデバイド*1といった問題が生じやすく、社会参加や経済活動において不利な状況に置かれる可能性があることが指摘されています。
参照:https://db-event.jpn.org/deim2011/proceedings/pdf/e2-4.pdf
ニュース情報伝播の時空間的局所性の分析手法.山口彰太他
これは、江戸時代の水運に頼れない地域と似ている印象を受けます。庚申塔の研究を通して、現代社会の情報の流れや地域差について、論文『近世庚申塔にみる流行型式の普及』では考察されています。
*1:インターネットやパソコンなどの情報通信技術(IT)を利用できる人と利用できない人の間に生じる格差、または情報格差