2022年7月17日に、大分市にある口戸摩崖仏を訪ねました。
場所:大分県大分市口戸平野
座標値:33.1742897,131.5634003
七瀬川の左岸、高さ73mほどの丘陵地中腹 南面に「口戸摩崖仏(くちどまがいぶつ)」は彫られています。
摩崖仏は、高さ1.8m、奥行き1.4m、幅9mの岩窟に彫られています。鎌倉末期から室町時代に造られ、つくられた当時は岩窟に板戸がとりつけられていたと考えられています参照。
現在は、岩窟の前に鉄製の柵がとりつけられています。柵の入口を開け、岩のトンネルをくぐって岩窟へとつづく階段をのぼってゆきます。
岩窟には3つの龕(がん)が彫られており、中央部には比売大神(ひめおおかみ)、岩窟に向かって右側には応神天皇(おうじんてんのう)、左側には神功皇后(じんぐうこうごう)が彫られています。
中央部の龕に彫られる比売大神のすぐとなりには「小倉山(おぐらやま)」という文字がみえます。小倉山は宇佐神宮の別称だということです。
↓左側の龕に彫られる神功皇后(じんぐうこうごう)です。神功皇后は鳥居を模した龕のなかに彫られています。
陣羽織(じんばおり)風な着衣に袴(はかま)様の裳(も)をはく女神立像は神功皇后と思われます。女神立像は額に鳥居をいただき、四本腕の特異な像ですが、室町時代以降の民間信仰・青面金剛(しょうめんこんごう)の姿に混合して造られたもののようです(参照:案内板)。
暗い龕のなかですが、写真にしてよくよく眺めてみると、たしかに複数の腕が立像にみえます。
↓右側の龕に刻まれる応神天皇です。
半跏(はんか;左脚を下げ右足を組む姿)の僧形像(参照:案内板)
これら三神は宇佐神宮に祀られる神様であり、「小倉山」という文字が刻まれていることから宇佐神宮をこの地に勧請したものと考えられます。
以下は、案内板の内容をそのまま抜粋します。
口戸摩崖仏(くちどまがいぶつ)・附摩崖五輪双塔(つけたりまがいごりんそうとう)
大分市大字口戸643
県指定史跡(昭和44年3月22日)
七瀬川の左岸丘陵の崖に彫り込んだ石窟内に、三つの龕(がん)を設けて一像ずつを彫り出したもので、摩崖仏と呼ばれていますが、正確には仏像の姿に模した神像です。中央の龕に「小倉山(おぐらやま)」(宇佐神宮の別称)の刻印があることから、三像とも宇佐神宮の祭神を表したものと思われます。向かって右手の龕にある半跏(はんか;左脚を下げ右足を組む姿)の僧形像は応神天皇、中央の龕にある物思いにふけるような姿の女神像は比売大神(ひめおおかみ)、左手の龕にある陣羽織(じんばおり)風な着衣に袴(はかま)様の裳(も)をはく女神立像は神功皇后と思われます。女神立像は額に鳥居をいただき、四本腕の特異な像ですが、室町時代以降の民間信仰・青面金剛(しょうめんこんごう)の姿に混合して造られたもののようです。この地区は中世、稙田(わさだ)氏の勢力地盤となった稙田荘(わさだしょう)の一帯ですので、造像にはたぶん稙田氏一族の力が関係したものと思われます。
大分市教育委員会