日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、九州北部を中心にNikon D750をメイン機として史跡を撮っています。詳しい撮影場所は各記事に座標値として載せていますので、座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで撮影場所が表示されます。参考にされてください。

金山川 名前の由来地をしらべる 福岡県北九州市八幡西区上上津役

金山川(きんざんがわ)は、北九州市八幡西区の西側にある「上上津役(かみこうじゃく)」という地区にふくまれる帆柱山に源流をもつ河川です。

 

国土地理院地図で、金山川の長さを測ってみると、源流部から北九州市の洞海湾(どうかいわん)にながれこむまでの距離は、およそ11㎞です。

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この「金山川」という名前からして、ふきんに金鉱があったのかな、川で金がとれたのかな、という想像がありました。しかし確定的な情報は得られていませんでした。

 

そんな矢先、『北九州の史跡探訪』(北九州史跡同好会)を読んでいると、P193に金鉱の情報が記載されていました。この書籍に示されている金鉱跡の場所は、 福岡県北九州市八幡西区上上津役という地区で、座標値(33.826117,130.770996)地点ふきんと考えられます。金鉱跡ちかくには、金山川の源流と、「帆柱四国霊場 第60番札所」があるとのことです。

 

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「金鉱跡」の文を以下に引用してみます。

寛永4年(1627)に北九州を探索した幕府の密偵の報告書に金山の名前が記載されている。なお郡誌に「上々津役の東南六町許出原に在り、昔金を堀たる跡と云。其の西に鞴(たたら)と云地あり、鉱穴の形今猶少しく残れり」とある。

 

上の引用文から考えると、今から約400年前、ここから金が掘り出されていたということがわかります。金鉱の場所ですが、”上々津役の東南六町許出原に在り”とあります。1町(ちょう)が約109mなので参照、6町は約654mということになります。後述する、金鉱跡の地点から逆に測って、北西約650m地点には熊野神社があります。

 

もしかしたら、郡誌の記述は、上上津役の熊野神社から測って金鉱が6町の距離にあったということなのかもしれません。

 

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金鉱跡の予想地を、国土地理院地図上に示してみます↓ 航空写真では、森のなかで、目印となるような建物などはないようです。地形図でも、金鉱跡ふきんまでのびるような道は示されていません。金鉱跡に行くとして、はたしていくことはできるのでしょうか?

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「金山川 金鉱」で検索してみると、なんと金鉱跡を訪ねていっているかたがおられました。『北九州八幡から発信-金山川の金採掘跡-』こちらのブログを拝読すると、金山川源流である金鉱跡までは、歩いて行ける道がのこっているようで、安心しました。

 

ブログの内容から推察すると、「帆柱四国霊場 第60番札所」のお堂をみつけることが必要のようです。そのお堂のすぐ横に金山川の源流ちかくの小さな滝があり、その滝をのぼると金鉱跡があるということです。

 

「金山川」の名前の由来となった、この地をいつか、機会をつくっていってみたいと思います。