日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、九州北部を中心にNikon D750をメイン機として史跡を撮っています。詳しい撮影場所は各記事に座標値として載せていますので、座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで撮影場所が表示されます。参考にされてください。

杉守神社の鉄(かね)の鳥居 福岡県北九州市八幡西区上香月

場所:福岡県北九州市八幡西区上香月

座標値:33.798887,130.738244

釜田曽助氏、藤原正次氏作の鉄製鳥居

釜田曽助氏、藤原正次氏作の鉄製鳥居

北九州史跡同好会により作成された『北九州の史跡探訪』という冊子を拝読していると、P.200に、八幡西区上香月という場所の杉守神社に鉄でできた古い鳥居があるという情報を得ました。

 

この鳥居は明治26年に小倉の鋳工(ちゅうこう)である釜田曽助氏と藤原正次氏とが作成したとあります。その情報どおり鳥居の柱には「明治廿六年三月」の銘が鋳出し文字(いだしもじ)であらわされています。

この鳥居が明治時代にできる前までは、また別の鉄製の鳥居がたてられていたそうです。そのむかしの鳥居は、香月興則氏の孫である香月経考氏が、芦屋町の鋳工である須藤浄慶氏につくらせました。

 

香月興則氏は、杉守神社のちかくにある古いお寺である吉祥寺(きっしょうじ)を再興した人物で、香月一族はこのあたり一帯をおさめる領主でした。

明治時代以前にあった鉄の鳥居は、弘治元年(1555年)につくられたそう参照で、その鳥居についていた銅製の扁額は元和(1615~1624)年間に盗まれました。

 

杉守神社境内の正面入口は北西で、裏口は東側に位置します。今回ご紹介した明治につくられた鉄鳥居は、北西の正面入口にたてられているものです。

明治期の鉄製鳥居は正面入口にある

いっぽうで、東側の裏口にはこれよりも大きな鉄製鳥居があります。柱には平成二十八年二月吉日とあらわされています。

平成につくられた鉄製鳥居は裏口にある

杉守神社では、鉄製の鳥居を奉納する伝統があるのでしょうか?