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福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、九州北部を中心にNikon D750をメイン機として史跡を撮っています。詳しい撮影場所は各記事に座標値として載せていますので、座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで撮影場所が表示されます。参考にされてください。

福岡市の海岸でみられる樹木の化石 福岡県福岡市東区

珪化木(けいかぼく)とよばれる樹木の化石を、まじかでみることができる場所が、福岡市東区にあります。

この樹の化石は、名島帆柱石(なじまほばしらいし)と名付けられています。今から約3500万年前の地層に埋没していたもので、現在は海岸の岩場に露出しています。

 

場所:福岡県福岡市東区名島

座標値:33.645233,130.421426

 

名島帆柱石には、3世紀ごろ、神功皇后(じんぐうこうごう)が三韓出兵の際に使用した船の帆柱が化石になった…という言い伝えが、香椎宮の社伝として残されています(参照:案内板)。

 

神宮皇后の三韓出兵とは、神功皇后が朝鮮半島の新羅(しらぎ)へ攻め支配下におき、後に、百済(くだら)・高句麗(こうくり)も支配下とした戦争のことです(参照:wiki-三韓征伐

 

同様の伝説が、福岡県北九州市の帆柱(ほばしら)山にも残っています。帆柱山の伝説では、朝鮮半島出兵のために使う船の帆柱を、帆柱山から伐りだした樹で造った…というものです(参照:帆柱山とは-コトバンク)。このような神功皇后に関する伝説は日本各所に残っているようです。

 

これらのような伝説を抜きにしても、何万年も前の樹木が、現在もこのように姿を変えてみることができるというのは、なんともいえない不思議な感じを抱きます。↓これが3500万年も前の地球に生きていた樹木なんだ…と。

しかし、樹木の化石といえば石炭が思い浮かびます。どうしてこの珪化木というのは、石炭のように黒くなっていないのでしょう?「珪化木」という名前にもなっている通り、どうもケイ素という物質がカギとなるようです。

 

ケイ素と水素と酸素が化合するとケイ酸という物質になり、このケイ酸が地下水に溶け込むことがあります。

 

【ケイ素】+【水素】+【酸素】=ケイ酸

 

ケイ酸が倒れた樹木に入り込むことで、樹木が二酸化ケイ素となるそうです(参照:wiki-珪化木)。

 

【ケイ酸】+【樹木】=二酸化ケイ素

 

この二酸化ケイ素という物質になると、非常に硬い結晶になります。そのために現在もしっかりとした樹木の形をとどめて残っているというわけです。年輪まで確認できるほど、当時の形をとどめるとは相当に硬い物質となっているのですね。 

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年輪まで確認できる