『北九州市史(民俗)』のP664に、「咳の神様」という珍しい神様が紹介されていました。その神様が祀られているのが、北九州市八幡東区にある枝光八幡宮の境内です。
場所:福岡県北九州市八幡東区諏訪
座標値:33.871991,130.820398
枝光八幡宮境内に、摂社(※1)である中臣神社が祀られていますが、その中臣神社の敷地内に上のような写真の、咳の神様が祀られていました。
※1.本社に付属しその祭神と縁の深い神を祭った社(やしろ)
中臣神社は、枝光八幡宮本殿に向かって左側のスペースに祀られています。↓こちらの写真は枝光八幡宮を写したものです。
↓こちらの写真は枝光八幡宮の摂社である中臣神社を写したものです。
中臣神社の鳥居は木製で、その額面の文字は、かすれてしまっていて、『北九州市史』の情報なしでは、読み取ることができませんでした。「臣」の部分が「目」という文字に見え、「生目神社」なのかなと勘違いしていました。しかし、よくよく眺めると「中臣神社」と読み取ることができます。
この中臣神社の本殿に向かって左側に、咳の神様を雨から守るための屋根が設置されていました。屋根の下に咳の神様のご神体である大きな岩が祀られています。
『北九州市史(民俗)』P664では、この神様について以下のように説明されています。
中臣神社は昔、「中臣様」といって咳どめに効験がある神様として村人から崇められ、咳どめ祈願の参拝をして全快したときは、そのお礼として白粉団子をお供えする風習があった。
この風習と似た風習が紹介されているのが、『宿なし百神(東京美術選書〈12〉)』P150です。ここでは以下のように、杓子(しゃくし)を使ったお参り方法が掲載されていました。
咳の神にはたいがい杓子が上っていて、それを一本借りて帰り、患者の口、咽喉をさすり、お祈りして、快癒すると新しい杓子を添えて年号、氏名、年齢、性別を書いて奉納するのが普通である。
どうして、咳の神様に杓子(しゃくし)なのかというと、石神→シャクジン→シャモジ→咳神…となったということです。 シャモジやシャクシが咳の神様を象徴するものとして参拝に使用されるというのは、昔からある考え方なのだそうです。
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咳の神様のご神体である大きな岩の隣に、↓下の写真のような案内板が設置されていました。しかし、中臣神社鳥居の額面同様に、その大半がかすれてしまっていて、内容の詳細を読むことができませんでした。
この木製看板の、読み取れる部分をキーワードだけ抜粋すると以下のようになります。
・咳の神様
・明治時代
・大黒主ノ命
・佛号では薬師如来
・建立年代不詳
しかし、これだけのキーワードでは、文章の全体像を想像することは、時間がかかりそうなので、いったん保留とすることにしました。