日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、九州北部を中心にNikon D750をメイン機として史跡を撮っています。詳しい撮影場所は各記事に座標値として載せていますので、座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで撮影場所が表示されます。参考にされてください。

六地蔵幢(ろくじぞうとう)のかたちの古い庚申塔 大分県 南宇佐

大分県の青面金剛・庚申塔』というサイトを参考にして、2019年8月31日(日)に大分県宇佐市域の庚申塔を探しに行ってみました。その中のひとつに、「六地蔵幢(ろくじぞうとう)」のかたちをとっている珍しい庚申塔があるということで、探してみました(参照)。

 場所:大分県宇佐市大字南宇佐

座標値:33.528981,131.374824

 

そもそも六地蔵幢とは何なのか?ざっと調べてみると、どうも石灯篭のような形をとっている石塔のことで、その石塔には6体の地蔵菩薩が刻まれているもののようです。もともと「石幢(せきどう)」というものがあり、この石塔自体のかたちが六角柱や八角柱となっているようです(参照)。

 

冒頭にご紹介した写真の六地蔵幢は、宇佐神宮のすぐ近くにある「大楽寺(だいらくじ)」というお寺の境内に祀られていました。大楽寺の正面門のすぐそばに六地蔵幢はあり、正面門に向かって立つと、左側に祀られていました。

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大楽寺の駐車場の看板には、「九州西国観音霊場4番・九州88カ所22番札所 宇佐七福神布袋尊霊場 後醍醐天皇勅願寺 宇佐神宮大宮司家菩提寺」と記載されていました。

 

六地蔵幢の柱の部分(幢身)に、なにやら紋章のようなものと、文字が刻まれているようです。『大分県の青面金剛・庚申塔』では、この部分に「為庚申供養 干時天正二年甲戌」という文字が刻まれていると紹介されていました。

↑上の写真を拡大してみるとたしかに、「庚申」の文字だけがかろうじて確認できました。この部分で、この石塔が庚申信仰に関わるものであることがわかります。

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その他の文字については判別は不可でした。仮に、「為庚申供養干時天正二年甲戌」の文字が刻まれているとすれば、いつごろ造られたものなのでしょうか?

 

「為庚申供養」「干時」「天正二年」「甲戌」と分解できそうです。

 

「天正二年」は西暦1574年で、このときの干支(かんし)は「甲戌(きのえいぬ)」で、年代と干支が整合します。それにしても、1500年代に造られた庚申塔とは、とても古い庚申塔であることがわかります。

 

Wikipediaの「庚申塔」の項では、”確認されている現存最古の庚申塔は埼玉県にある庚申板碑で文明3年(1471年)であり、当初は板碑や石幢などが多い”とあります。

 

初期のものは、板碑(いたひ)や石幢(せきどう)のものが多いようです。宇佐市 大楽寺の庚申塔も初期のもののひとつであると考えられます。

 

とても珍しい庚申塔に出会うことができました。

↑こちらは石幢の龕部(がんぶ)に刻まれる六地蔵です。一体一体が浮き彫りで表現されています。

 

参考にしたサイト

・石幢の構造については「無縫塔・板碑・笠塔婆・石幢

・大楽寺の庚申塔については「大楽寺の庚申六地蔵幢

・石幢については「石幢(セキドウ)とは - コトバンク

・最古の庚申塔については「庚申塔 - Wikipedia