日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、九州北部を中心にNikon D750をメイン機として史跡を撮っています。詳しい撮影場所は各記事に座標値として載せていますので、座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで撮影場所が表示されます。参考にされてください。

松原のなかの疫神社 福岡県遠賀郡岡垣町吉木

福岡県遠賀郡 岡垣町の北側。響灘(ひびきなだ)に面する海岸沿いに12㎞にわたってひろがる三里松原(さんりまつばら)。三里松原に「頓々の滝(どんどんのたき)」を探しにいった際、「疫神社」と名前が付けられた場所をみつけました。

木製の鳥居をくぐり、20段ほどの階段をのぼると…

見晴らしのよい広場に祠がひとつ、小さな手水鉢がひとつ、祀られていました。

場所:福岡県遠賀郡岡垣町大字吉木 三里松原

座標値:33.872691,130.604643

 

祠のなかには手のひらサイズの小石が6つと、小さな石造りの人形があり、缶ビールがひとつ供えられていました。

 

祠に向かって右側面に、おそらく、「明治十八年 □□ 十一月」と刻まれているようです。文字がかすれて、肉眼でもかなりみにくくなっていました。写真を加工してコントラストを強くしました。

明治十八年は西暦1885年。2019年時点からさかのぼると、134年前につくられたものと予想されます。

 

やや角度を変えて写真を写したら、凹凸が若干明瞭に見え、文字がみえやすくなるということがわかってきたので、いろんな方向から文字の写真を撮ってみました↓ やはり明治十八年ということは間違いなさそうです。

遠賀地域にむかし疫病がはやり、疫病をおさめるために勧請(かんじょう)された神社でしょうか。

 

この祠がつくられた1885年ちかくに疫病などがなかったか、『岡垣町史』内をさがしたところ、P257に疫病・流行病のことが書かれていました。1885年にいちばん近い時代の流行病は以下のとおりです。

 

自然現象的災害の外にも、疫病、流行病も庶民の生活をおびやかし、嘉永七年(1854年)の夏に発生した北条虫は蕎麦の葉を食い荒らし、農業生産を脅かしている。

 

人に流行り病が発生したとばかり、わたしは思い込んでいました。しかし、もしかしたら農作物に対する疫病に対しても、このような祠を建てて、疫病の収まりを願っていたのかもしれません。