福岡県宮若市の史跡をGoogle mapで検索してみると、「庚申塔跡」という場所が見つかりました。その場所は犬鳴ダムの北側に位置し、「犬鳴御所別館跡」という史跡の近くにありました。
場所:福岡県宮若市犬鳴(いぬなき)
座標値:33.7052002,130.5547333
Google mapで起動したナビを頼りに「庚申塔跡」という場所に行ってみると、ほぼ誤差なしで庚申塔を見つけることができました。山間の地区に入りこみ、スマホの電波もとどかないような山奥です。しかし自動車が離合できるほどの広さの舗装道を、犬鳴ダム北端から、さらに北側へ380mほど行った場所。庚申塔は路傍の草むらの陰に、隠れるように祀られていました。
庚申塔の背後にはコンクリートの壁が迫っています。湿気の多い地区のようで、庚申塔は苔むしていました。
塔の主尊は「庚申尊天」。その両側に建立年月が刻まれています。しかし、元号の字体がわたしには難しく、判読することができません。そこで図書館に立ち寄り犬鳴ダムふきんに祀られる庚申塔について記載されている書籍はないか調べてみました。
すると書籍がありました。『若宮町誌(下)』のP949、「第四節 路傍の神仏」という項目に若宮町にある庚申塔の一覧が紹介されていました。
P952のNo.117に、この写真らしき庚申塔が記載されていました。それによると建立年月は「宝暦十二 壬午 年 」「十一月吉日」と刻まれているようです。宝暦十二年は1762年で、干支(かんし)は壬午(みずのえうま)です。刻まれている文字と合致するので、間違いはなさそうです。
この庚申塔にたどりつく前後で、犬鳴ダム周囲に他にも5基の庚申塔をみつけることができました。どうしてこんなに犬鳴ダム周囲に庚申塔が祀られているのか不思議でした。
それを調べるためにも図書館へ行ったのですが、その理由は不明です。ただ犬鳴ダムは水が入れられる前は、ダムの底に村があり、またその周囲の山々には炭焼小屋が点在していたらしいのです。
むかし村だった場所にあったと思われる石橋。犬鳴ダムの底に見られる
今では人家のない閑散とした山間のダムですが、昔は生活を営む人々が住んでいた村でした。とても興味深い地域なので追って町誌などを調べてみたいと思いました。
他の5基の庚申塔についても追ってご紹介したいと思います。